第80話:高貴なお父様の襲来と、元ニートの脳内馬乗りバイオレンス
それから、数日の月日が流れた。
アパッチの衝撃も冷めやらぬ中、一号店にはいつもと変わらない賑やかな日常が戻っていた。今日もロー〇ソンは大忙しだ。
「なあ……リゼッタ。今日、ちょっとお客さん多すぎないか?」
俺は目まぐるしいレジ打ちの合間を縫って、隣のレジに入っているリゼッタに声をかけた。
「なんかね……この近くのエリアで大規模な道路工事が始まったらしいのよ。だから、その工事関係者の人たちがたくさんお店に来てるんじゃないかしら?」
「へ〜、なるほどね」
俺は手際よくカツ丼のバーコードを読み取りながら生返事を返し、改めて店内を見渡した。
確かに言われてみれば、ガテン系の服装をした工事関係者のおっちゃんたちの姿が目立つ。
「客層が変わるなら、発注内容もすぐに見直さなきゃな……。リゼッタ、悪いけどしばらく表(売り場)を頼むよ」
「はーい、いってらっしゃい」
俺はリゼッタにレジを任せると、小走りでバックヤードへと入った。
すぐにデスクのストコンを立ち上げ、発注管理画面を開く。
「土建屋のおっちゃんたちをメインターゲットにするなら……やっぱりガッツリ食える『特盛弁当』のラインナップは絶対に外せないな」
そんなプロ店長っぽいことを一人で呟きながら、俺は軽快なキーボード音を響かせて叩く。
すると、頭上から妙に熱い視線を感じて、俺はふと天井を見上げた。
蜘蛛の巣の隙間から、アラクネがニタニタと不気味かつ楽しそうな笑みを浮かべながら、糸を使ってするすると目の前まで降りてくるところだった。
「店長〜……。今日はパソコンでエッチなの見てない?」
「バッ……バカ野郎っ!! 俺はそんなに年中エッチなものばかり見てるわけじゃ……ない……っ!」
俺の必死の弁明を聞いているのかいないのか、アラクネはストコンの画面を我が物顔でのぞき込むと、画面上の自分の食べたい商品を勝手に指定して、俺に買い受けるよう指示を出し始めた。
「これと……これと……あ、これも食べる!」
「おいおいアラクネ。これはお前のために発注してるんじゃないんだからな? お客さんのためのお店の商品なんだから」
俺がそう言って諭すと、アラクネは元気よく「うん!」と100点満点の返事をした。だがその直後、
「あとね……これもいるっ!」
と、全く懲りずに嬉しそうに別のデザートを指差した。
「まったく……お前ってやつは……」
俺は呆れ果てながらも、思わず顔を綻ばせて笑ってしまった。
やっぱり、この無邪気な居候にはどうしても敵いそうにない。
──しかし、発注を終えて俺が意気揚々と店内に戻った瞬間、バックヤード前の空気が一変した。
レジカウンターの前で、リゼッタが見知らぬ男性と激しく口論をしていたのだ。
その男は、いかにも高級そうなお洒落な帽子を頭にかぶり、仕立ての良い一級品のスーツを完璧に着こなし、足元には品の良いピカピカの革靴を履いていた。
身体中からただ事ではない高貴なオーラを纏ったその男は、まさに「超一流のダンディ」と言うべき風格を漂わせている。
「……お客様、どうかされましたか?」
俺はただならぬ不穏な空気を察し、すぐさま二人の間に割って入るようにして声をかけた。
男の動きが止まり、ゆっくりと視線が俺へと向けられる。
まるでこちらの資産から人間性まですべてを冷酷に値踏みするかのような、その底知れない眼光に、俺は一瞬本能的にたじろいだ。
高貴なオーラを放つおっさんは、俺の頭のてっぺんから爪先までをゴミでも見るように隅々まで見定めた後──ぽつりと、低く冷たい声でこう言い放った。
「──ゴミムシ」
「えっ……?」
……は? このおっさん、今なんて言った? ゴミムシ? 俺のこと?
俺が困惑のあまり完全にフリーズしていると、男は俺への興味を失ったようにリゼッタの方を再び向き直り、威圧的な声を張り上げた。
「いいか、リゼッタ! わたしはこんな、どこの馬の骨とも知れん男の店での仕事など、断固として認めんからな!」
「いいわよ、別に! お父さんに認めてもらう必要なんて、私には最初から無いから!」
「なんだと……っ! お前には、あのレオナルト君との結婚が控えている大身の身分なのだぞ! いつまでもこんな卑しい場所で、下働きを続けているんじゃない!」
「お父さん、何度も言わせないで。私……レオナルトとは絶対に結婚しませんから!!」
「リゼッタっっ!! いい加減にせんかーーーっっっ!!!」
リゼッタの毅然とした拒絶に、お父さんの顔はみるみるうちに真っ赤に沸騰し、店内に響き渡るほどの凄まじい怒鳴り声をあげた。
(……あ〜〜〜……なるほどね。完全に状況を理解したわ)
俺はレジの横で、冷や汗を流しながら状況を把握した。
いつまで経ってもコンビニのバイトを辞めないリゼッタに痺れを切らしたお父様が、直々に文句を言いに店舗へ乗り込んできたわけだ。
さらに、裏で勝手に進んでいたレオナルトとの結婚をリゼッタが真っ向から拒絶したもんだから、お父様は完全にブチギレている、と……。
俺はただ、その実親子の激しい修羅場の光景を、引きつった営業スマイルを浮かべながら静観した。
元引きこもりニートという人種は、こういうリアルな争いごとに自ら参戦することは100%絶対にない。ただ時の流れに身を委ね、一刻も早く嵐が過ぎ去り、時間がすべてを解決してくれることを祈るのみなのだ。
「……まあいい。帰ったら、今日の続きをじっくり話そう」
お父さんはフンと鼻を鳴らすと、最後にギラリとした視線で俺を睨みつけた。
「──ゴミムシが」
二度目の侮辱の言葉を吐き捨て、お父さんは背を向けて悠然と店を出ていこうとする。
パキン……。
俺の中で、何かが音を立てて派手に壊れる音がした。
「おい、クソ親父ィイイイイイイッッッッ!!!!!」
俺は猛然とダッシュすると、無防備なその男の背後から完全に飛びかかった。そのまま柔道の要領で首を掴んでコンクリートの床へと豪快に投げ飛ばす。
ドゴォッ! と激しい衝撃音が店内に響く中、俺はすぐさまおっさんの上に馬乗りになり、日頃の社畜のストレスをすべて込めた鋭い拳を、そのダンディな顔面に向けて正確に、何度も何度も叩き込んだ!
「やめてマモル! お願いだからもうやめてぇええ!」と、涙を流しながら必死に止めに入ってくるリゼッタの白い手を、俺は冷酷に振り払う。
「うるせえ! 俺をゴミムシと呼んだ報いだ!!」俺は狂ったように、ひたすらにその高貴な顔を殴り、殴り、殴り続けた──。
(……ふっ……やっちまった。ついに、俺の中に眠る獣がキレちまったぜ……)
俺は自分の血に染まった両手の拳をじっと眺めながら、自分の中に眠る圧倒的な「狂気」と「男のプライド」に、深く静かに酔いしれていたのだった。
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「──ありがとうございましたー。またのお越しを、心よりお待ちしております!」
そんな最高にバイオレンスで都合の良い妄想を脳内で完璧に繰り広げながら、俺は現実世界では90度の美しいお辞儀をキープし、リゼッタのお父様を極めて丁重に、紳士的にお店の外へと送り出したのだった。
下げていた頭をゆっくりと持ち上げ、そのまま恐る恐るリゼッタの方を見る。
すると、リゼッタの美しい瞳は、今にも溢れそうなくらい大粒の涙で潤んでいた。
「だ……大丈夫、か……? リゼッタ」
俺は腫れ物に触るような、情けない声で声をかけた。
しかし、リゼッタは潤んだ瞳で俺を強く激しく睨みつけると──そのまま一言も発することなく、逃げるようにバックヤードへと消えていってしまった。
カランカラン……と、悲しいトビラの音が店内に響く。
(……やっぱり、そうするのが大人の大正解だったんだよな……? でも、あそこは……自分の保身を捨ててでも、傷つく覚悟でリゼッタを男らしく庇ってあげるべきだったのか……?)
俺は現実の自分のヘタレっぷりと、正解の分からない親子の絆の難しさに、ただただ夜の天井を見上げて、本日二度目の深い深い溜め息をつくことしかできなかった。




