第77話:西の国のタイムリミットと、崖の上のルカ・タクティクス
俺は壁の時計に目をやる。
時計の針は、すでに夜の21時を指していた。
あの乗っ取り発覚のリモート報告以来、桜塚マネージャーからは何も音沙汰がない。
俺はストコンの画面に表示されている広域地図を、ルカと一緒に確認する。
「……マモル店長。この先に、道路が完全に二手に分かれる地点があります」
「ああ。左に曲がればセ〇ン。右に回れば、我がロー〇ソンへと繋がる道だ」
トラックに乗っているのがモカとサカモトである以上、あいつらが分岐点を間違いなく左へ曲がるのは火を見るより明らかだった。
トラックが乗っ取られていることを、今この瞬間もリアルタイムで知りながら、こちらから打つ手がない現状に、俺はもどかしい歯がゆい思いで拳を握りしめていた。
「マモル店長……。このまま黙って、あいつらを見過ごすんですか?」
ルカが俺の悔しい気持ちを汲み取ってくれたのか、ポテチを食べる手を止めてボソッとそう呟いた。
「確かに……このままトラックごと修理キットを盗まれるのは死ぬほど悔しいよ。だけど、本部からの物理的な応援が到着しない限り、俺たちのドローン一機じゃどうしようもないからね……」
俺は奥歯をぎゅっと噛みしめた。
「そうですよね。いくらドローンに武器が積んであっても、ミサイルでトラックごと木っ端微塵に破壊しちゃったら、目的のホロ・アテンダント・システムまで一緒に壊れちゃいますしね……」
ルカがため息をついた、その瞬間。ストコンの本部リモート通信が再び繋がった。
『間宮店長。トラックの様子はどうですか?』
画面に現れた桜塚マネージャーに、俺はすぐさま現状を報告する。
「相変わらず、サカモトたちに乗っ取られたまま巡航を続けています……。でも、このまま指をくわえて見ていたら、完全に敵の領地に逃げられてしまいますよ!」
『分かっています。ですが、本部の裏切り者が誰かまだ特定できていない現段階で大々的に人員を動かしても、その作戦ルートすら敵に筒抜けになってしまう恐れがあるのです』
「それは……確かにそうですね。じゃあ、どうするんですか?」
『現在のトラックの走行位置と速度を計算すると、西の国の国境を越えるまでにおよそあと2時間。──国境を越えられてしまうと、我々ローソン本部は一切の手出しができなくなります』
「国境を越えたらダメなんですか?」
『当たり前です。我々はまだ、西の国での正式な「営業許可」を取得できていませんので』
そう言って、桜塚マネージャーはハァ……と本日一番の深い溜め息をついた。
「あ、やっぱり異世界でも営業許可とかそういうの要るんですね……」
『当然です。特にあの西の国は、昔からセ〇ン側との裏の癒着が本当にひどいですからね。今回、国境沿いのバンダルに我が社が二号店を出すときだって、あちらの役人とどれだけ血みどろの交渉でもめたと思っているのですか』
「まあ……そうでしょうね……」
俺は二号店オープン前の、あのサカモトたちとの爆破交戦沙汰を含めた凄まじい騒動を思い出して、遠い目になった。大企業の縄張り争いは本当に恐ろしい。
「じゃあ、やっぱりもう打つ手はないってことですか……?」
俺が最悪の結末を覚悟して尋ねると、桜塚マネージャーは画面の向こうで毅然と首を振った。
『いいえ。すでに、我がローソンが有する「特殊部隊」が、現地へ向けてトラックの強制確保に動いています』
「……えっ!? 特殊部隊なんているんですか!?」
一瞬驚いたが、よく考えたらここは魔族が跋扈する異世界だ。大手コンビニチェーンが私設の武装特殊部隊を雇っていても、何ら不思議ではない。
『ええ。ただ……スパイを警戒して隠密ルートで向かわせているため、どう頑張ってもトラックに追いつくまでに最短で「3時間」はかかります。2時間で国境を越えられては間に合わない。──そこで間宮店長。あなたたちのドローンで、どうにかしてトラックをあと1時間以上、その場に「足止め」してほしいのです』
「足止めって言われても……さっきルカ君とも話してたんですけど、ミサイルで直接トラックを撃ち抜くわけにはいかないし……」
俺が困り果ててそう口にした、その時だった。
隣にいたルカが、ストコンの地図画面を激しく叩きながら声を上げた。
「間宮店長!! あります、方法が! この先のルートの少し手前に、高い崖と崖の間をすり抜けるように通る、すごく細い一本道があります! その崖の脆い岩盤に向けてドローンのミサイルを正確に叩き込んで、人工的な『土砂崩れ』を起こせば──トラックを傷つけることなく、その進行を物理的に完全に妨げることができるかもしれません!」
「……っ! ほんとか!! すごいじゃないかルカ君!!!」
俺はルカの完璧なタクティカル進言に、思わず彼の肩を揺さぶって歓喜した。
そのまま画面に向き直り、桜塚マネージャーに告げる。
「桜塚さん、今の聞いてましたか!? ルカ君の作戦なら、トラックを傷つけずに足止めできそうです!」
『素晴らしい着眼点です、ルカさん。──了解しました。それでは間宮店長、ルカさん、本部の未来はあなたたちに託します。よろしくお願いします』
プツリ、とリモートが切れる。
「よしっ! ルカ君、サカモトたちの先回りを急ぐぞ! ドローンを全速力でその崖のポイントへ向かわせてくれ!」
「うん……任せて、店長!」
ルカはコントローラーを力強く握り直すと、ドローンのスロットルを最大まで一気に押し上げ、目的地である崖の細道へと夜空を急行させた。




