第76話:運転席のハエ女と、黒い社内スパイ疑惑
「マモル店長、ここを見てください」
ドローンの古い分厚い説明書をデスクの上に広げ、ルカが細い指で一点をパシッと指差した。
「この項目にある隠しコマンド……じゃなくて、特殊な周波数設定を使えば、ドローンのカメラの解像度と通信の安定性を、今の限界値から最大限まで引き出せます」
「お、おお……! たしかに凄いな……。凄いよ、ルカ君は」
俺はストコンの画面を見違えるように滑らかに動き出した映像を確認しながら、心底感心してルカの横顔を見ていた。さすが、部屋に引きこまって一日中コンピュータをいじり倒していただけはある。伊達にニートをやっていない。
ルカも、俺の全身から漂う同族の負のオーラにすっかり親近感を持ってくれたのだろう。姉のリゼッタの勤務シフトが終わり、彼女が上がる時間になっても、「僕、まだ店長のサポートをしますから」と言って、そのままバックヤードに残ってくれたのだ。
ちなみに、今日の夜勤の売り場担当はアラクネだ。レオンのような命の危険(物理)はないため、これ以上ないほど安心してバックヤードでの任務に集中できる。
ルカは器用にキーボードを叩き、ドローンの微調整を行いながら俺に声をかけてきた。
「マモル店長。今のうちに、奥の部屋で少し眠ってください。モニターに何か変化があれば、すぐに僕が起こしますから」
(リゼッタ……! お前、なんて出来た弟を持ったんだ……。あの爪立て死神レオンとは大違いの聖人じゃないか……っ!)
「ありがとう、ルカ君。それじゃあ、お言葉に甘えて少しだけ休ませてもらうよ」
感謝の念に堪えられなくなって部屋へ向かおうとした俺だったが、ふと思いついて、ストコンの前に座るルカを振り返った。
「──あっ、それからさ、ルカ君。僕たち、たしか同い年……だよね? だから、その……敬語とか、もうやめない?」
「えっ……あ、でも……それは……その、あの…………」
突然の俺からのタメ口の提案に、ルカは急に顔を真っ赤にして「コミュニケーション能力が限界を迎えたオタク」特有のおどおどした挙動を見せ始めた。
俺は思わず苦笑し、彼の肩を優しく叩く。
「いやいや、無理はしなくていいよ。ルカ君の心の準備ができた時でさ」
「う、うん……。ありがと、店長……」
俺はそんな初々しいやり取りに癒やされながら、バックヤードの隣にある自分の部屋へと戻り、ベッドへと倒れ込んだ。
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「マモル店長……。マモル店長……起きてください……っ」
耳元で聞こえる、ルカの消え入りそうな囁くような声で俺はパチッと目を覚ました。
「ん……? どうしたルカ君、何かあったのか?」
「ちょっと……これ、見てほしくて……」
俺はまだ重い身体を起こし、ルカに付いてバックヤードのストコンの前へと向かった。
ルカは、モニター画面にリアルタイムで映し出されている、夜道を走る本部の配送トラックを指差して深刻な声を出す。
「なんだか、さっきからこのトラックのドライバーの様子が、明らかにおかしいんです」
「おかしいって……何が? 普通に真っ直ぐ走ってるみたいだけど……」
俺が画面を見る限り、トラックは一定の速度で巡航を続けており、特に不審な点があるようには見えない。
「……これを見ていてください」
ルカがコントローラーを操作すると、追従していたドローンが高度を下げ、走行するトラックの運転席の真横へと並走を開始した。サイドガラス越しに中の様子をカメラに収める。
「新しく乗り込んできたドライバーの正社員って、一人だけでしたよね?」
「ああ。俺が画面で確認したのは、確かに男が一人だけだった」
「じゃあ……これを見てください」
ルカが、カメラ映像のフロントガラスの中央を指差す。
俺は言われた通りに映像のディテールを確認し──次の瞬間、驚愕のあまり目玉が飛び出そうになった。
なんと、新しく乗り込んできたはずのローソンの正社員の姿はそこにはなく、代わりに助手席にふんぞり返って座り、ダッシュボードの上に両足を乗せ、腕を組んで気持ち良さそうに爆睡しているのは──見紛うことなき、あのサカモトだった。
さらに、ルカがキーを叩き、無人のドライバー席へとカメラを限界までズームインする。
「なんだ……あれは……? 運転席の下の方に、何か緑色の…………って、あああああッッッッッ!!!!!!!!」
そこには、見慣れた、というか最高に憎たらしい例の『ハエ女』のモカが、ハンドルの一番下の部分に必死にしがみつき、顔を真っ赤にしながら「フンギィィイイッ!」と言わんばかりの形相で、サカモトの代わりにハンドルをグルグルと回している姿が、鮮明に映し出されていた。
「あいつら……!!! いつから、どうやって中に忍び込みやがったんだよ!? っていうか、これ完全にトラック乗っ取られてるじゃん!!」
「し、知り合いですか!?」と、ルカが怯えながら尋ねてくる。
「知り合いっていうか……俺たちのビジネスを根底から邪魔してくる、セ〇ン側の敵だ!!」
「えええええええええええええッッッッッ!!!!!!」
今度はルカの方が、この世の終わりみたいな悲鳴を上げて椅子から転げ落ちそうになった。
「ど、どうするんですか店長!? このまま放っておいたら、ホロ・アテンダントの修理キットがトラックごとセ〇ンに盗まれちゃいますよ!?」
「落ち着け、ルカ君!」
俺はパニックになるルカを両手で制止し、リゲインで無理やり覚醒させた頭をフル回転させる。
「とにかく、まずは桜塚マネージャーに大至急報告だ。それから具体的な対策を考えよう。──幸い、俺たちがこの乗っ取りに気がついたことは、まだ向こう(モカたち)にはバレていないはずだ」
俺はすぐにストコンのリモート通信を起動し、画面の向こうの桜塚マネージャーへこの異常事態を最速で報告した。
報告を聞いた桜塚マネージャーの美貌が、一瞬で凍りつく。
『……どういうことですか。……ちょっと待ちなさい。本部の厳重なセキュリティと運行管理を掻い潜り、本来そこにいるはずの我が社の正社員ではなく、競合店の店長が助手席を占拠しているということは……』
桜塚マネージャーの切れ長の目が、画面の向こうでキラリと鋭く光った。
『──会社の本部内に、運行データをセ〇ン側へ完全にリークし、ドライバーのすり替えを手引きした「裏切り者」がいる可能性がありますね』
「えっ……社内の、スパイ……!?」
『分かりました、会社(本部)の裏切り者のあぶり出しに関しては、私が今から直接対応します。間宮店長、あなたたちは引き続き、そのドローンでトラックの追跡を絶対に緩めないでください』
「わ、分かりました……!」
『──期待していますよ』
プツリ、と通信が切れる。
俺はリモートが切れた静かなモニター画面を、呆然と見つめることしかできなかった。
「なんか……ただのコンビニの配送護衛のバイトのはずが、話がどんどん国家規模みたいに大きくなっていくな……」
ただリゼッタとデートがしたかっただけの俺は、これから巻き起こるであろうローソン本部の闇の出来事に、ただただ深い不安を募らせていくのだった──。




