第74話:早朝4時のボディコン誘惑と、サカモトじゃない(?)謎の人影
「おはようございま〜す……」
早朝4時。バックヤードのトビラが開いた瞬間、ムンムンとした大人の香水の匂いが室内に立ち込めた。
振り返ると、少し顔を赤らめたアンナちゃんが、真っ赤なボディコンのミニドレスを着てそこに立っていた。
「あ……おはよう。今日は急なシフト変更で、早めに来てもらっちゃってごめんね」
頭をガリガリとかきながらアンナちゃんに応える。
だが──俺の視線は、不気味なほどアンナちゃんの豊満な太ももに釘付けになっていた。
いつもより数時間も早い出勤となったアンナちゃんは、どうやら飲み屋でのバイトからそのままお店に直行してきたらしい。少しお酒が残っているみたいだが、今日の緊急事態(俺の48時間軟禁任務)を考えれば仕方のないことだ。
それにしても、夜の蝶モードのままコンビニに降臨したアンナちゃんは、早朝のうぶな元ニートの男には刺激が強すぎる。
「気にしなくていいですよぉ〜。ちょっとお酒が残っちゃってますけど……そこは大目に見てくださいね?」
そう言って、アンナちゃんは上目遣いに俺の顔を覗き込んできた。
前かがみになったボディコンの襟元から、豊満すぎる谷間がド直球で俺の視界に飛び込んでくる。
(……くぅ〜〜〜!!! たまらんぜ畜生……っ!!!)
俺は脳の血管が千切れるのを防ぐため、デスクの上にあったリゲインの瓶をひったくると、そのまま一気に胃袋へ飲み干した。脳内麻薬が駆け巡る。
「あ、ア、アンナちゃん、これから制服に着替えるよね? 俺、一旦外(売り場)に出とくよ」
俺がガタッと席を立とうとすると、アンナちゃんはスッと白い手を伸ばしてそれを制した。
「大丈夫ですよ〜。マモル店長、いま大事な配送トラックの護衛任務で画面から目が離せないんでしょ?」
「え? いや、でも……」
「でも……こっち見たら、だめですよ?」
そう言って、彼女は妖艶な笑みを浮かべた。
ドクン! ドクン! と、心臓の動悸が異常なスピードで早くなっていく。
「わ、分かった。絶対に見ない」
俺は前を向き、ストコンのメインモニターへと意識を集中させた。
──ジーーーーー。
静まり返ったバックヤードに、ジッパーをゆっくりと下ろす滑らかな音が響き渡る。
パサッ……。
続いて、身に纏っていた薄い衣類が床へと落ちる音がした。
駄目だ、五感が異常なまでに研ぎ澄まされていく。今の俺は空気の揺れすら音として聴き取れそうな領域に達している。
い、いま……ほんの一瞬だけ振り返ったら……アンナちゃんのあられもない姿が……ほんの少しだけ……本当にほんの少しだけ拝めるんじゃないか……?
俺の首の骨が、ゆっくりとミリ単位で回転を始める。
まるで禁忌の扉を開閉するかのように、静寂なバックヤードに、俺の首の筋肉がきしむ音がミシミシと響き渡る──気がした、その瞬間だった。
ピピピピピピピピピピッッッ!!!!!
「うわっ!?」
ストコンから、ドローンの緊急警告音がけたたましく鳴り響いた。
画面を見ると、走行中のトラックの前方の暗闇に、怪しい「人影」がはっきりと映し出されている。
(サカモトォオオオオオオオ!!! てめぇはどれだけ俺の邪魔をすれば気が済むんだよ、このタイミングでぇええええ!!!)
俺は最高の瞬間を邪魔された怒りをサカモトへの殺意へと変換しながら、VRゴーグルを頭に装着し、画面の視界を注視した。
コントローラーのトリガーを引き、トラックの上空を並走するドローンから「照明弾」を即座に発射する。
シュウウウウウッ──ドンッ!!!
照明弾は怪しい人影の頭上まで正確に飛び、眩い白光を放って炸裂した。
夜の荒野のあたり一面が、まるで真昼の太陽の下のように真っ白に明るく照らし出される。
「おっ!?」
人影は何か短い声を漏らすと、光に驚いてとっさに近くの岩陰へと身を隠した。
「逃がすかよ!」
俺はドローンをさらにトラックの前方へと進め、周辺のセンサー哨戒を開始する。
しかし、サーモグラフィーに切り替えて周囲をどれだけ索敵しても、画面には一切の熱源が映らなかった。完全に気配を消して離脱された。
「ちっ……逃げられたか……。だが、ひとまずは安全だな」
トラックのルート上の安全を厳重に確認した俺は、すぐにゴーグルを頭から外し、素早く後ろを振り返った。
あくまで自然に。まるで「あ、ドローンの操作に夢中になってて、アンナちゃんが後ろで着替えてたことなんて100%完全に忘れてましたよ?」という風を装って。
──だが、時すでに遅し。
アンナちゃんはとっくに着替えを終えて店頭のレジへと出て行っており、俺の背後に立っていたのは、腕を組んだレオンだった。
「マモル店長。アンナさんが来られたので、僕はこれで上がります」
「あ……あ、ああ……。う、うん。今日は夜勤ありがとうね、レオン君。ゆっくり休んで……」
レオンは無言のまま、天井の蜘蛛の巣で今もすやすやと気持ち良さそうに寝ているアラクネをじっと見上げた。それから、ゆっくりと視線を俺へと戻す。
「──『邪魔』が入ってしまって、本当に残念でした。 」
「ひっ……」
レオンは凍り付くような笑みを浮かべると、そのまま無駄のない動作でバックヤードのトビラを開け、帰っていった。
バタン……。
トビラが閉まり、バックヤードに本当の静寂が訪れる。
(……アラクネ……。俺がドローン画面に集中している数分間の間に、後ろで一体何があったんだい……?)
相変わらずすやすやと眠るアラクネの寝顔を見つめながら、俺の心臓は、アンナちゃんとは全く違うベクトルの恐怖で激しくバクバクと動悸していた。
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リゲインをもう一口煽り、気を取り直してドローンの操縦画面へと戻る。
敵もこちらのドローン(空からの警戒)の存在に完全に気づいたはずだ。ここからはさらに慎重に動いてくるだろう。絶対に油断はできない。
……それにしても、さっきの画面に映った人影は、たったの『一つ』だったな。
もし本当にライバルチェーンのサカモトが襲撃を仕掛けてきているのだとしたら、いつだってあのハエ女のモカがセットで近くにいるはずなんだ。なのに、それらしき羽音も熱源も一切感知できなかった。
俺の脳裏に、嫌な予感がよぎる。
まさか……サカモト以外の、本部のパーツ配送を組織的に狙っている『別の誰か』なのか……?
そんな疑問を抱えてストコンを睨みつけていると、再び本部からのリモート通信が繋がった。
画面に現れたのは、早朝のこの時間であるにもかかわらず、一糸乱れぬ完璧なメイクとスーツ姿を維持した桜塚マネージャーだった。
『間宮店長、おはようございます。先ほどそちらのドローンから本部へ緊急信号が飛びましたが……襲撃があったようですね? 大丈夫ですか?』
「はい、照明弾で威嚇して、トラックの安全は確保しました。ただ……一つ、どうしても気になることがありまして」
『気になること、とは?』
「さっきの襲撃犯、動きがいつものサカモトたちと違いました。もしかすると……この一連のトラック襲撃テロは、俺たちの想定している競合店の妨害ではない可能性があります」
『それは……セ〇ン側の嫌がらせではない可能性がある、ということですか?』
「はい。だとしたら、一体どこの誰が、どんな目的でホロ・アテンダントの復旧を邪魔しているのか……」
俺の推測を聞いた桜塚マネージャーは、その端正な顔を少しだけ歪めて数秒ほど考え込んでいたが──やがて、いつもの冷酷なビジネススマイルへと表情を戻した。
『──まあ、現時点で分からないことをどれだけ考えても、時間の無駄ですね。間宮店長、引き続き護衛任務に集中してください』
プツリ。
「……って、おいおいおいおい!!! 通信切るの早すぎだろ大企業のキャリアウーマンさんよぉッッ!!!」
普通こういうのってさあ!「えっ!? 本当ですか!?」ってなって、上司と部下でわちゃわちゃと対策を話し合う場面じゃねぇのかよ!
俺と話す1分1秒すら時間の無駄か! こっちはあんたの会社のシステムのために、丸48時間の命を捧げてワンオペで画面を凝視してるっていうのに!
俺は引きこもりニート特有の、理不尽で歪んだ被害妄想の怒りを必死に抑え込みながら、再びストコンの冷たい画面へと集中するのだった。
まだまだ、長くて過酷な任務は始まったばかりだ。




