第70話:難攻不落の鍵職人と、すべてを閉ざされた店長
「なあリゼッタ、この辺りで腕のいい鍵屋さんって、誰かいないのかな?」
カウンターの横で、俺はふと思い出してリゼッタに尋ねてみた。
「鍵屋? ……いることはいるけど、急にどうしたの?」
「いや、ほら。前回、あの『ホロ・アテンダント・システム』を使ってる時にさ、俺の部屋が外部の敵に思いっきり狙われただろ? だから、システムを起動させてる間でも安心できるように、丈夫な鍵をドアに掛けようと思うんだよ」
「なるほどね!」と言って、リゼッタはポンと手を叩いた。
「たしかに、ちゃんとした鍵を掛ければ今までよりはずっと安心ね。マモル、いいところに気がついたじゃない」
「そうなんだよ。だから、もし誰か良い職人を知ってるなら紹介してくれよ」
そう言われて、リゼッタは人差し指を顎に当てて少しの間考え込んでいたが、やがて悪戯っぽくニヤリと笑った。
「それじゃあ、普通の鍵屋さんよりも、もっともっと優秀な『特別な鍵職人』を連れてきてあげるわ」
──そして、翌日のこと。
コンビニの自動ドアをくぐって現れたのは、一人のヨボヨボとした老人だった。
「いらっしゃいませ〜!」
いつも通りレジから声をかける俺に対し、その老人は「違う、違う」と面倒くさそうに何度も首を振り、手をヒラヒラと振った。
「リゼッタ姫に頼まれて遥々やってきたんじゃが……お主がマモル君かね?」
「あ……はい、そうです。もしかして……リゼッタが言っていた鍵屋さんですか?」
「ふぉふぉふぉ……。鍵屋と言えば、まあ鍵屋かのぉ。わしはな、この国の王宮にある『ありとあらゆる鍵』をすべて管理しているものじゃ」
「ええええええ!!!? そんな国の重要人物みたいな凄い方が、わざわざこんな辺境のコンビニまで……すみません!」
「いいんじゃよ、気にするな。リゼッタ姫に直接頼まれたら、わしとて断れんからのぉ」
老人はフハハと自慢げに笑うと、グッと胸を張って頼もしい言葉を口にした。
「わしの手にかかればな、どんなに脆い扉であっても、たちどころに何者も寄せ付けぬ『難攻不落の扉』へと生まれ変わるのじゃ」
「おお……! それは本当に頼もしいですね。それでは早速ですけど、こちらへどうぞ」
俺はホロ・アテンダント・システムが設置されているバックヤードの自室へと、その偉大な職人さんを案内しようとした。
──しかし、老人の動きは俺の予想を遥かに超えていた。
「例えば……この、何の変哲もないホットスナックの什器も、わしの手にかかればほれ、この通り」
老人はつぶやくと同時に、売り場にある『からあげクン』が並んだ保温什器のガラス扉に向かって、何やら怪しい呪文と共に特殊な魔力の鍵をカチリと掛けた。
「ふむ。これでこの什器の扉は、今後二度と開くことはない」
「……えっ?」
俺は思わず耳を疑った。今、二度と開かないって言わなかったか?
苦笑いしながら、俺は恐る恐る什器の取っ手を引っ張ってみる。だが、ガラス扉はまるで最初から壁の一部だったかのように、びくとも動かない。
「あの……これ……からあげクン出せないんですけど、どうするんですかね?」
俺は冷や汗を流しながら老人に話しかけたが、彼は俺の言葉など最初からまるで耳に入っていない様子だった。
「例えば……この、何の変哲もない電子レンジも、わしの手にかかればほれ、この通り」
老人は流れるようなモーションで、今度はお弁当を温めるための業務用電子レンジに向かってカチリと鍵を掛けた。
「ちょっ……ちょっと待ってくださいよおじいさん!!!」
慌ててレンジの扉を引くが、やはりこちらも完全に溶接されたかのようにびくともしない。これじゃあコンビニ弁当が温められないじゃねぇか!
そんな俺の焦りなどお構いなしに、老人はずかずかとバックヤードの奥へと勝手に進んでいく。
「待て待て待て!!」と、俺は慌ててその後を追いかけた。
バックヤードに入った老人は、今度は従業員用のロッカーの前にピタッと立ち、大真面目な顔でこう言い放った。
「例えば……この、何の変哲もないロッカーの扉も、わしの手にかかればほれ、この通り」
「おい!!! じじい!!! いい加減にしろよマジで!!!!」
俺は年長者への敬いの心すら完全に忘れ去り、必死になってロッカーの扉を開こうとしたが、やはり爪を立てようがびくともしない。リゼッタとアラクネの私物が永遠に封印されてしまった。
そして老人は、さらなる次の獲物を探して、その両目をギラリと不気味に輝かせている。
最悪なことに、老人の鋭い視線が、お目当てのホロ・アテンダント・システムが置かれた部屋の扉へと向けられた。老人が、ゆっくりと呪文の口を開く。
「例えば……この、何の変哲もない部屋のドアも、わしの手にかかればほれ、この通り」
「おい!!! じじい!!! やめろおおおおおお!!!! やめてくれえええええええええっっっっっ!!!!! そこだけは本当に駄目だッッッ!!!!」
バックヤードに響き渡る俺の必死の絶叫もむなしく、カチリ、という無慈悲な施錠音が響き、部屋の扉は完全に、永久に施錠されてしまった。
「おい!!! これじゃあ俺が中に入れないじゃねぇか!!! どうすんだよこれ!!!」
俺は怒髪天を突く勢いで怒鳴り散らしたが、老人はやはり俺の言葉など一切聞こえていないかのように、なおも目をぎらつかせながら、バックヤード中にある窓や棚の引き出しという引き出しを片っ端から永久施錠して回っている。
そして、部屋中のすべてをロックし終えた老人が、最後にギロリと俺の方を振り返り、そのシワシワの手を俺の身体に向けて突き出してきた。
「例えば……この、何の変哲もな──」
「ノーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
俺は恐怖のあまり鼓膜が破れるほどの絶叫を上げると、そのまま精神的限界を迎えて床へとバタリと倒れ込み、完全に意識を失ったのだった。
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しばらくして。
ふと気がつくと、俺の身体は奇跡的に施錠されておらず、部屋のベッドの上に寝かされていた。
ゆっくりと目を開けて隣を見ると、リゼッタが申し訳なさそうな顔をしてパイプ椅子に座り、俺の看病をしてくれていた。
「……あ、マモル。気がついた?」
「リゼッタ……。俺は一体……」
「ごめんねマモル。さっきのね……お城の鍵職人をやってる『お父さん』なの。もう随分といいお年だから、最近少しボケちゃったみたいで……。私がマモルのために『頑丈な鍵を作ってくれる腕のいい鍵屋さんを知らない?』ってお家でお願いしてたのを隣で聞いていたらしくて、昔の現役時代の現役の血が騒いじゃったみたいなのよね」
「そう……なのか……。おじいちゃん、王宮の金庫番としての職人魂が暴走しちゃったんだな……」
俺は弱々しく息を吐き、一番重要な質問を口にした。
「ところで……あのじいさんが掛けた鍵って……ちゃんと開くんだよな?」
「…………(スンッ)」
リゼッタは、あからさまに俺から目をそらした。
それを見た瞬間、俺は自分の輝かしい絶望的な未来をすべて察し、真っ白な天井を見つめながら本日二度目の咆哮を上げた。
「ノーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっっっ!!!!!!!!」
それから数日間の間。
ストコンの画面の向こうから、システム管理本部の桜塚マネージャーに「什器を永久ロックしたとは一体どういう店舗管理ですか?」と文字通り耳にタコができるほど散々嫌味を言われながら、泣く泣くホロ・アテンダント部屋のドアの取り換えと、コンビニ備品の総入れ替え作業(もちろん全部俺の自腹と肉体労働だ)をする羽目になったのは、言うまでもない……。




