第65話:店長、あざとい泣き落としと鬼の追加発注
時刻は午前七時。
徹夜の戦果をしっかりと網の中に携え、我がドローンは朝の光の中を悠々と帰還した。
俺は、ドローンが持ち帰った網の中からモカを引きずり出すと、バックヤードにあった大きめの虫かごへと移し替え、部屋の机の上にドンと置いた。
「さあ……。こいつを、一体どうしてやるかなぁ」
腕を組んで俺がポツリと独り言を呟くと、虫かごの中のモカがすかさず過剰に反応してみせた。
「ねえ……。マ・モ・ル❤️」
モカは虫かごの中に入っている止まり木の枝にしなだれかかり、上目遣いで俺に話しかけてくる。
「ねえってばぁ〜、マモルお兄ちゃん❤️」
一体どこで見たのか、B級映画のお色気シーンのようなあまりにも安っぽくてわざとらしい演技。俺はフンと鼻で笑い飛ばしてやった。
「ふざけるな。どういうつもりか知らんが、この俺にお前の安直な色仕掛けなんか一切効かんぞ」
「キーーーーーーーッ!!!」
案の定、モカは一瞬で素の表情に戻って癇癪を破裂させた。
「あんたみたなつまらない男に、私の溢れる魅力が分かるわけないでしょ!!! こっちから願い下げよ、この引きこもり!!!」
「だったらおとなしくしていろ。今からシステム管理本部に連絡して、そっちの人間をよこしてもらうからな」
その言葉を聞いた瞬間、モカの顔が目に見えてサーッと曇っていった。
「ねえ……? もし、その本部の人間ってやつに連れていかれたら……私、どうなっちゃうの?」
俺は虫かごの中のモカを冷たく一瞥すると、わざと意地悪そうな声を出す。
「知らねぇーよ。そりゃお前、新店オープンの邪魔をしたライバルチェーン店の工作員なんだからさ。捕まったら最後、本部の奥深くで煮たり焼いたりされるんだろうよ」
「えええええええええ!!!!! この……こんなに可憐で可愛くて美しい私を、煮たり焼いたりするの!?」
「そうだよ。まあ、最終的には美味しく食われちまうんじゃねぇか?」
俺はそう言って、悪役全開の下衆な笑みを浮かべてみせた。
「ええええええええん!!!! こわいよ〜〜〜っ! やだよ〜助けてよマモル〜〜〜っっ!!!」
突然、モカが虫かごの床にペタンと座り込んで泣き崩れた。
「ヒック! わたし……本当は……ヒック! マモルたちとお店で……ヒック! ……過ごせて、すごく楽しかったのに……ヒック!!」
「アラクネの、あの誕生日パーティーだって……ヒック!! あんなに……ヒック! 楽しかったのに……ヒック!!!」
「でも……仕方ないわね……。全部、マモルたちの邪魔をした私が悪いんだもの……」
モカはそう言って涙をポロポロと流しながら、虫かごの隅にある木の陰で小さくうずくまってしまった。
それを見た瞬間、俺の胸の奥に、なんだか言葉にできない嫌な罪悪感がフツフツと湧き上がってきた。
「まあ……なんだ……。俺だって、あの時は楽しかったけどよ。だけどお前がやったことは立派な業務妨害だし(まぁ、俺も過去にサカモトのコンビニに直接ミサイルをぶち込んだ身なのだが……)、こればかりは仕方ねえんじゃないか? な、泣くなよ。本部の人間だって、まさか本当に殺したりはしないだろ……多分」
「………………」
モカは涙をためた、実に悲しそうな目で木の陰からじっと俺を見上げてくる。
……クソ、なんだよこれ。まるで俺がもの凄く悪いことをしているみたいじゃねぇか。
「ねえ……マモル?」
「な、なんだよ」
「最後にお手洗いに行かせてほしいの。本部の怖い人たちが来たら、きっとトイレだって行かせてもらえないだろうし……。まさかあんた、私に向かって『ここでしろ』なんて野蛮なこと言わないでしょ?」
そう言われて、俺は少しの間、頭の中で考え込んだ。まぁ、逃げ場のないトイレなら大丈夫か。
「……わかった。だけど、絶対に妙な真似して逃げようとすんなよ」
俺はそう言って、虫かごのプラスチックの蓋をパカッと開けた。
モカは実にしおらしい態度でかごから這い出てくると、パタパタと羽を動かしてバックヤードのトイレに向かって飛んでいく。もちろん俺も、後ろからぴったりとドアの前まで監視としてついていった。
「ほら、入れよ」
そう言って俺が親切にトイレのドアを開けてやった、そのまさに瞬間だった。
しおらしく俯いていたモカが、猛烈な勢いで振り返ると同時に、自分の手に握りしめていた現地バンダルの砂を、俺の目めがけて思い切り投げつけてきたのだ!
バサッ!!!
「うわぁぁああああっっっ!!!! 痛てぇえええええええっっっっ!!!!」
不意を突かれ、両目に直撃で砂を食らった俺は、猛烈な激痛にのたうち回りながらその場へと座り込んだ。
涙がボロボロと溢れて視界が真っ白に染まる中、俺の頭上から、最高に勝ち誇ったハエ女の憎たらしい声が降ってきた。
「ばーーーーーーーーーーーか!!!! 私がお前ごときアホ店長に、いつまでも捕まってるわけないでしょ!!!」
バタン!!!
激しい音を立ててバックヤードの扉が開き、モカが外へと飛び出していく気配がした。
「ちくしょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっっ!!!!」
俺は目を真っ赤に腫らし、悔し涙を流しながら床の上へと崩れ落ちた。
「あ、アラクネ〜! またねーっ!」
売り場の方から、モカのやたらと楽しげで陽気な別れの挨拶が聞こえてくる。その声を遠くに聞きながら、俺の心はさらなる絶望の深淵へと、深く、深く沈んでいくのだった。
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数時間後──ストコン前──。
画面の向こうには、眼鏡の奥の瞳をこれ以上ないほど冷たく据わらせた、桜塚マネージャーの姿があった。
「で……? せっかくドローンで現行犯逮捕した犯人を、初歩的な目潰しで取り逃がした……と?」
「………………はい」
桜塚マネージャーの一切の感情が抜け落ちた冷徹な目が、俺のボロボロの心を容赦なくグリグリとえぐってくる。
「これだけたくさんの人たちが、あなた(新店)のために裏で動いているというのに……。そんなしょうもない、お粗末なミスですべてを台無しにした……と?」
言葉のナイフが、さらに俺の心を深くえぐる。返す言葉もございません。
「……ハァ、分かりました。では店長、明日以降も引き続き、バンダル現地の夜間警戒任務をそのまま続行してください」
「ま……マジですか……っ? もう、リゲイン、一本も残ってないっすよ……?」
俺は魂が抜けたような顔で、画面の鬼マネージャーに呆然と聞き返した。
「マジです。なお、不足分のリゲインにつきましては、すでにシステムを通じてそちらの店舗のバックヤードへ追加発送の手配を済ませておりますので」
さすがはシステム管理本部の超優秀なキャリアウーマン。一切の抜かりがない。
「……わかりました……」
ドスンッ!!!
俺は力なくそう答えると、そのままストコンの机の上へと生気を失った頭を勢いよく打ち付け、現実逃避のためのしばしの気絶へと突入するのだった。




