第64話:店長、限界の夜勤と網にかかったハエ女
鏡の前で自分の顔を見る。
目の下にはドス黒いクマができ、明らかにやつれ果てていた。
「……桜塚の野郎……っ」
俺は沸き上がる怒りを必死に抑え込み、今日もストコンの前に座る。
時刻は20時30分。俺は画面を操作し、ドローンを起動させた。
おいおい、警備は21時からだろ? なんて思ってる甘いやつは、まさかここにはいねーよな?
21時から現地で警備を始めるってことは、21時より前にここからドローンを飛ばして向かわせなきゃいけないってわけさ。もちろん、任務が終わった後の帰りの飛行時間も考えれば……これはまさに、あの往年の名キャッチコピー『24時間働けますか?』状態そのものだった。
警備を始めてから最初の3日間は、現地に特にこれといった動きはなかった。
「今日で4日目だ。そろそろ何か動きがあるかもしれない。気を引き締めなければ……」
引きこもり特有の、根は無駄に真面目な性格が災いし、俺はまさに一睡もできずにこの過酷な夜間任務にあたっていた。
手元にあるセロテープをピッと切り取り、俺はそれを自分の瞼の上へと貼り付けた。俺の瞼は、昨日あたりから主人の言うことをまったく聞かなくなっている。油断すると、容赦なくシャッターのように落ちてくるからだ。
性能アップのアップデートにより、ドローンの隠密性は格段に上がっていた。プロペラ音ですら、相当耳を澄まさなければ聞こえないほどに静音化されている。
だが……それが今の俺には逆につらかった。不気味なほど静まり返った夜の静寂の中で、睡魔を吹き飛ばすための「何か音」を、俺の脳が必死に欲しているのが分かった。
画面越しに、すっかり通い慣れた夜道をドローンで進み、俺は国境沿いの町・バンダルの新店建設現場へと到着する。
まずは少し離れた安全な場所にドローンを待機させ、周囲に不審な人間(あるいは怪しい魔獣)がいないかを入念に確認する。それから、建設現場にうず高く積まれた角材の隙間へと器用にドローンを入り込ませ、暗視カメラに切り替えてじっと監視を続けた。
それから、数時間が過ぎた──。
ストコンの机の上には、数本のリゲインの空き瓶がゴロゴロと転がっている。
日に日にその摂取量が増えていた。だが……さすがは日本の栄養ドリンクだ。落ちかけていた俺の瞼が、カフェインの力で若干の輝きを取り戻す。
その時。暗視カメラが捉える真っ暗闇の中で、何かが不自然に動くのが見えた。
「なんだ……!? 今、たしかに何かが動いたような……」
俺はドローンが敵に見つからないよう、慎重に物陰に隠れながら機体を動かし、先ほど影が動いた場所へとじわじわと近づけていく。
スピーカーから、小声だが何かがブツブツと聞こえてきた。
俺はドローンの機能を切り替え、集音マイクを最大まで伸ばしてその音を拾う。
『……クソ……なん……わた……がこんな……』
まだよく聞き取れない。
俺はさらに、ギリギリまでドローンを前進させた。
暗視カメラのピントが合い、不審者の姿がはっきりと画面に映し出された。どうやら敵は一人のようだが、やはり何かを呪詛のようにブツブツと言い続けている。
「なーーーんで私がこんなことしなきゃならないのよ! こんな時間まで起きてたら、次の日お肌が荒れちゃうじゃないのよ!!」
聞き覚えのある、やたらと高圧的な声──。
そして、これ以上ないほど聞き覚えのある、底意地の悪い汚い言葉。
「あーーーーだっる! ほんっとにだっる!! てか、マモルのやつ、なんでこんなところに店出してんのよ。アホのくせに、色気出して2号店なんて出してんじゃないわよ……アホのくせに……っ」
「………………あのアマ………………っっ!!」
自分の耳に飛び込んできたあまりの暴言に、俺の脳内で沸々と怒りのマグマが煮えくり返る音が聞こえた。
眠気なんて一瞬で消し飛んだ。俺はストコンのキーを叩き、ドローンのスピーカーマイクを使って、暗闇でボヤき続けている不審者に向かって大音量で語り掛けた。
「おい!!! そこのハエ女!!!」
「──えっ!? 誰がハエですってぇぇえええええええ!!!!!!!」
突然の頭上からの声に、モカが驚いて勢いよく振り返り、怒鳴り散らした。
まさにその瞬間だった。俺はストコンのエンターキーを思い切り叩き、ドローンに搭載された新兵器『捕獲網』を発射した。
プシュッ!!!
夜の闇に小気味よい音が響き、特殊な防犯ネットが勢いよく射出される。
網は空中できれいに広がり、油断していたモカの身体を見事なまでにするりと捉えた。
「ちょっ!!! なんなのよこれぇぇええええ!!! 網!? 網って何よ脱げないんだけど!! キーーーーーーーッ!!!」
網の中でイモムシのようにゴロゴロと転がり、完全にパニックに陥っているモカの姿を見て、俺はバックヤードの椅子の上で最高に醜くほくそ笑んだ。
「ふはははっはははっはははははっはっは!!!! バカ女め!!!! ついに現行犯で捕まえたぞ!!!! このままシステム管理本部に連行して、怪しい実験のモルモットにしてやるからなーーーっ!!!」
「なっ……! あんた、マモルなの!? くそーーーっ、どうしてここがわかったのよおぉぉおおお!!!!」
夜の建設現場でギャーギャーと負け惜しみを叫び続けるハエ女を引きずりながら、俺は勝利の余韻に浸りつつ、ドローンを1号店へと帰還させるのだった。




