第63話:店長、鬼の24時間勤務命令と漆黒の防衛指令
バンダル新店のオープンまでいよいよあと一週間と迫った、ある日のこと。
バックヤードのストコンから、システム管理本部の桜塚マネージャーによる緊急のリモート通信アラートがけたたましく鳴り響いた。
「間宮店長、おはようございます」
画面の向こうの桜塚マネージャーは、朝の七時だというのに非の打ち所がないばっちりメイクを施し、高級感のあるビジネススーツ姿でピシッとカメラの前に座っている。
対する俺はといえば、急な呼び出しだったこともあり、寝ぐせだらけの爆発した頭に部屋着のスウェットパンツ、その上から慌ててロー〇ソンの制服を引っ掛けただけの、完全に無様な姿だった。
画面を挟んで、社会人としての圧倒的なスペックの差をまざまざと見せつけられ、俺は思わず気後れしてしまう。
「き、急に朝早くからどうしたんですか?」
俺が恐る恐る尋ねると、桜塚マネージャーは冷徹な視線をこちらに向けたまま言った。
「ちょっと、現地から気になる報告が入りまして」
そう言って彼女がキーボードを叩くと、ストコンの画面に現在バンダルで建設中である2号店の写真が数枚スライドで映し出された。
「ここ数日の間、新店の工事をあからさまに妨害する行為が現地で頻発しています」
「妨害……ですか?」
「ええ。建設資材の不審な盗難や、重機の搬入用道路を通行できないように塞ぐ嫌がらせなど、明らかに工事を遅延させようという悪質な意図が見て取れるわ」
「犯人のめぼしは、もうついているんですか?」
「今のところ、現地には明確な手がかりは残されていないわ。単なる誰かの悪質ないたずらか……。それとも、近隣エリアにある『ライバルチェーン店』の卑劣な妨害行為か……」
──ライバルチェーン店。
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏には真っ先に、あのサカモトの憎たらしいニヤケ面がこれ以上ないほど鮮明に浮かび上がった。アイツのセ〇ンなら、間違いなくそれくらいの姑息な嫌がらせは平気でやってくるはずだ。
「そこで間宮店長。あなたにはバンダル店オープンまでの一週間、ドローンを使った現地での『夜間警備ミッション』をお願いします」
「い、一週間!!? 毎日ですか!?」
「ええ、毎日よ」
桜塚マネージャーは、明日の天気予報でも告げるかのように当然のトーンで平然と言い放った。
「えーーーーっと、夜間の警備ということは……つまり、夜から翌朝までずっとってこと……ですよね?」
「はい。具体的には、毎晩21時から翌朝5時までを想定しています。システムを通じて遠隔でドローンを哨戒させてちょうだい」
「ちょっ……ちょっと待ってくださいよ! 夜の営業はお店をアラクネに任せるとしてですよ? 21時から朝5時まで寝ずにバンダルを遠隔警備して、その後、朝7時から夜21時までは普通にこっちの1号店でコンビニ業務をすることになるんですが……。それって俺の睡眠時間は……」
「そうですか。では、よろしくお願いしますね」
(ノーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっっっ!!!!!!!!!!)
俺は声にならない絶叫を心の中で爆発させた。
むずいぞ……! むずすぎるぞジャパニーズビジネスマン!!!
これ、往年の栄養ドリンクのCMみたいに「24時間戦え」って意味のやつだろ!!? 完全なるブラック企業の勤務体系じゃねぇか!
こちらの絶望的な精神状態などお構いなしで、桜塚マネージャーは淡々と話を続ける。
「なお、この警備ミッションのために、今回は特別にそちらのドローンの性能アップデートを遠隔で行います。隠密性能の向上、連続飛行時間の延長、そして犯人捕獲用ネットの装備が今から追加されます」
「……あ、そうですか……。それはどうも……」
この女には、人間の慈悲の心というものが一片も存在しないのだろうか。朝の七時からこれだけ一分の隙もなく完璧にキメてくる冷酷なキャリアウーマンだ。慈悲の心など初から持ち合わせているわけがない。……まぁ、俺の偏見だけど。
「本日の21時より、夜間警備任務開始です。それでは店長、期待していますよ」
用件をすべて言い終えると、画面はプツリと無慈悲に暗転した。
画面がプツリと切れた瞬間、誰もいないバックヤードに俺の怒りの波動が爆発した。
「うをおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!! あのアマ!!!! もう少しで本気でいてまうとこやったでぇぇええええええええええっっっっっ!!!!」
俺はなぜか口から飛び出した慣れない関西弁で、誰もいない部屋に向かって目一杯おらついてみせてから、大きく深呼吸をして肩の力を抜いた。
そう……俺は別に断れなかったわけじゃない。俺がキレたらヤバいことは、俺が一番よく知っている。彼女のために耐えたのだ。
俺はグッと腕を回して肩をほぐし、誰もいないバックヤードの空間を鋭い眼光で威圧しながら、いつもの店内へとゆっくり戻っていった。
しかし……くそっ、今日は本当にキレる寸前だったぜ……。




