第61話:店長、レベル30の警告と鬼のエリアマネージャー
サカモトの店舗(セ〇ン)への襲撃事件以降、俺は前にも増して、必死にコンビニの仕事へと取り組むようになっていた。
売れ筋商品の徹底的な分析、魔界の各地域で行われるお祭りやイベントのスケジュール化、そしてそれに寸分の狂いもなく合わせたストコンでの発注システムの構築など、お店の売上を限界まで引き上げるためにありとあらゆる取り組みを行った。
その涙ぐましい努力の甲斐あってか、我がローソンの売上、客数ともにはっきりと右肩上がりに成長を続け、俺はついにコンビニレベル『30』という大きな節目を迎える日を掴み取ったのだ。
「ふふふ……これで、いよいよレベル30だぞ」
レジ画面の右下にある『次のレベルまで』の残りデジタル数字をじっと眺めながら、俺は本日の売上から回収した大きめの魔石をレジの投入口へと放り込んだ。
チャリン、と魔石が吸い込まれた瞬間、俺の予想通り、レジは軽快で大音量なレベルアップのファンファーレを店内に鳴り響かせ、レベル30への到達を告げた。
「さあさあ、お楽しみのレベル30の特別報酬は一体何かなぁ〜!?」
俺はレジカウンターでニヤニヤと締まりのない笑みを浮かべながら、新しい機能や新商品のリストが表示されるはずのレジ画面を食い入るように覗き込んだ。
──しかし。
待てど暮らせど、画面にはいつも流れてくるレベルアップ報酬のスクロールテキストが一向に流れてこない。
「あれ……? おかしいな。……もしかして、ついに機械が壊れたのか?」
首を傾げた俺は、レジの四角い筐体を手のひらでトントンと軽く叩いてみたり、側面の配線や背面のコードが抜けていないか覗き込んだりしてみた。だが、壊れている様子もなければ、配線が緩んでいるような形跡も一切なさそうだ。
その、まさに直後のことだった。
ピピピピピピピピピピピピ!!!!!
レジの画面から、これまでに聞いたこともないようなけたたましい電子警告音とともに、真っ赤な背景で『Warning』の文字がデカデカと表示されたのだ。
「な、なっなんだ!!? 一体どうしたんだよ!!!」
突然の異常事態に俺が飛び上がってうろたえていると、画面の『Warning』という文字の下に、さらに赤文字で『至急ストコンへアクセスしてください』という命令文が浮かび上がった。
「くそっ、今度は何が起きたんだ!」
俺は慌ててレジ前を飛び出し、バックヤードへと駆け込んでストコンの椅子の前にドカッと座り込んだ。
エンターキーを叩くと、ストコンの画面にカチリと双方向のリモート映像が映し出された。画面の向こうには、日本のどこかにある清潔で近代的なオフィスの一室が広がっており、そこに仕立ての良いグレーのビジネススーツをビシッと着こなした、一人の大変美しい女性が背筋を伸ばして座っていた。
「おっそいわねー」
冷え切った、だけど凛とした声がスピーカーからバックヤードに響き渡る。
「えっ!? ……あ、すみませんっ!!」
俺は画面の向こうの圧倒的な威圧感と美貌に完全に気圧され、あっけにとられながらも、長年の引きこもりで染み付いた社畜の本能から椅子の上で思わず頭を下げて謝ってしまった。
「わたしはシステム管理本部・統括エリアマネージャー、桜塚 麗香です。まずは、コンビニレベル30への到達、おめでとうございます。──さて、お祝いはここまでよ。規約に基づき、これからあなたには『多店舗経営』に移っていただきます。西の国と東の国のちょうど国境沿いにある町、バンダルにて、今からローソン2号店をオープンしていただきますので」
表情一つ変えず、極めて淡々と、かつ冷酷に業務命令を突きつけてくる桜塚マネージャー。
俺はあまりの超展開に完全にあっけにとられてしまい、口を半分開けたまま、ストコンの前でマヌケな姿で固まることしかできなかった。
そんな俺の締まりのないマヌケ面を画面越しに睨みつけた桜塚マネージャーは、
「チッ……。大丈夫なの、こいつ……」
と、ハッキリと聞こえるような小さな声で、これ以上ないほど冷ややかに舌打ちをしてみせた。
(な、なんなんだこいつは……!! しかも……あの生意気なモカ並みに、めちゃくちゃ口が悪いぞ……っ!!)
「あの〜……。す、すみません、少しよろしいでしょうか?」
俺は自分の部屋で学校の先生に怒られている生徒のように、恐る恐る小さく手を挙げながら、画面の向こうの鬼マネージャーに質問を投げかけた。
「多店舗経営って、急に言われてもどういうことですか? 俺は今のこの1号店をやっていくだけでも毎日精一杯ですし……。第一、俺は生身の身体では、このバックヤードの外に出られない仕様になっているんですよ?」
「そのために、レベル25の報酬として、遠隔移動用の『ホロ・アテンダント・システム』をそちらにお送りしたはずですけれど? 何か問題でも?」
桜塚マネージャーは、何を聞かれているのかすら分からないといった様子で、さも当然のように冷たく答える。
「いや〜、それが、あの……。実はそのカプセルなんですけど……ちょっと昨日、敵にハンマーで木っ端微塵に壊されちゃいまして……。あはは……」
俺がバツが悪そうにポリポリと頭をかきながらそう言うと、桜塚マネージャーは眼鏡の奥の鋭い瞳をキラリと凶悪に光らせ、ストコンのカメラに向かって思い切り怒鳴り散らしてきた。
「なんですってぇ!!? はぁ〜〜〜〜……っ! ちょっと、あなた一体何やってんのよ!!!」
「ひっ……!?」
彼女は信じられないといった様子で、綺麗な片手を額に当てて大げさに頭を抱え込んでしまった。
なんだかよく分からないけれど、とにかく凄まじい恐怖の圧力を感じた俺は、すかさず椅子の上で直立不動になりながら再び謝罪を口にする。
「す、すみません……っっ!!」
「……はぁ、まあいいわ。壊れたものは今更仕方ないから、とりあえず初期段階は『完全遠隔』で店舗管理をしてもらいます。安心しなさい、2号店の出店に関する建築着工は、本社主導で現地ですでに始まっていますから。来月のオープンに向けて、今からそちらに送る大量の運営資料とマニュアルに、一言一句すべて目を通しておいてちょうだい。いいわね?」
「……は、はいっ」
なんだか脳の処理が全く追いついていないけれど、俺は彼女から放たれる日本の大企業の圧倒的な「上司の圧力」に完全敗北し、ただただ従順に生返事をするしかなかった。
カタカタカタ……。画面の向こうで桜塚マネージャーがキーボードを叩いた瞬間、バックヤードの片隅に置かれていた旧式の複合ファックス機から、凄まじい駆動音とともに大量のA4用紙がこれでもかと勢いよく吐き出され始めた。
ジージー、ジージー、ジージー……。
「おいおいおい……嘘だろ、これ全部読むのかよ……」
俺は、バックヤードの床へとみるみるうちに文字通り『山』のように積み上がっていく、果てしない白黒の紙の束を絶望的な目で見つめながら、これから始まるであろう未知の多店舗経営ライフに、本日一番の深いため息をそっと吐き出すのだった。




