第5話:店長、不条理な発注と魔王の襲来
時計の針は夜の七時を指していた。
俺は今、バックヤードでストアコンピューター、通称ストコンのモニターと真剣に向き合っている。
手元には、アラクが持ってきた魔石によってチャージされた十万円という予算がある。限られた資金の中で、今この状況に必要なものを的確に吟味し、発注しなければならない。これは一種の防衛戦だ。
「まずは、絶対に『梅おにぎり』だな……」
これは何があっても外せない。これ無くして俺の命(対アラク用の安全保障)は無いからだ。賞味期限とアラクのブラックホール並みの胃袋の兼ね合いを計算し、ひとまず30個を仕入れリストにぶち込む。
残りの予算は、これから始まるここでの暮らしを少しでも快適にするための生存アイテムに回したい。床の段ボールベッドはもう限界だ。
「枕や敷布団はさすがに発注リストにないか……。おっ?」
画面をスクロールしていく中で、俺の目が『キャラクターコラボキャンペーン商品』の欄でピタリと止まった。
そこには、アニメの可愛い女の子がプリントされた限定のロング抱き枕と、アウトドア用の本格的な寝袋セットが並んでいた。
「仕入れ価格は……抱き枕が3000円、寝袋が15000円か。高いな……」
合計で一万八千円。これを買ってしまえば、貴重な予算の二割近くを一瞬で使い切ることになる。
この先どうなるか分からない異世界生活だ。初手から無駄遣いをするのは賢明ではない。
「……諦めるか。しばらくは段ボールで我慢しよう」
そう呟いた、その時だった。
俺の背後に、天井からするすると気配の無い影が忍び寄る。
背後からストコンの画面を覗き込んだアラクが、小さく声を上げた。
「……かわいい。わたし、これにする」
「うわぁっ!?」
ビクッとなって振り返ると、天井から逆さまにぶら下がったアラクが、モニターに映る美少女の限定抱き枕を指さしていた。
「ちょ、ちょっと待てアラク。これはだな、予算的にちょっと厳しいというか、店長にも生活の防衛ラインというものが──」
俺が言葉を言い終わるより早く、アラクの小さな唇の間から、ギラリと輝く鋭い毒牙が覗いた。
ピキィィン。
脳内で危険察知アラートが鳴り響く。
この状況における圧倒的な危機管理能力を発揮し、俺は己のプライドと意思を100%力ずくで抑え込むことに成功した。
「よし買おう。今すぐ買おう。これすごくいいよな!」
電光石火の指さばきで、抱き枕と寝袋の発注ボタンを連打する。
「……ん。ありがとう。おやすみ、店長」
満足したアラクは、するすると天井のマイホーム(糸の巣)へと帰っていった。
遠ざかる居候の背中を見送りながら、俺はバックヤードで一人、血の涙を呑んだ。店長の権力とは一体。
◇
翌朝。
バックヤードにある重い搬入口の扉が、ガタゴトと音を立てた。
恐る恐る開けてみると、そこには昨日ストコンで頼んだ商品が、日本のコンビニと全く同じオリコン(折りたたみコンテナ)に詰められて綺麗に届いていた。
「なるほど……こうやって届くのか」
ライフラインだけでなく物流まで完璧。俺はこうして、異世界コンビニ籠城生活のノウハウを確実に蓄積していく。
アラクに梅おにぎり(と、例の美少女抱き枕)を差し出して黙らせたあと、届いた残りの商品を店内の陳列棚へと補充していく。
作業をしながら、俺は今後の運営方針を考えた。
「このままじゃ予算がジリ貧だな。定期的にアラクに頼んで、あの宝石を取りに行かせるか。それとも、この世界の『お客』を呼び込んで商売をするか……」
そこまで考えて、俺は勢いよく頭を横に振った。
「ダメだダメだ! あんなアラクみたいな人外モンスターが大量に押し寄せてきたら、俺の穏やかな引きこもり生活が根底から破綻しかねない!」
命はいくつあっても足りない。やはりアラクだけを窓口にして、定期的に魔石を回収してもらうのが一番安全だ。
そう結論を出した、まさにその矢先だった。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
店外の静寂を切り裂くように、地鳴りのような騒がしい足音が響き渡った。
「な、なんだ……!?」
俺は品出しの手を止め、入り口のガラス窓にピタリと張り付いて外の様子を確認する。
「なっ……!!!! なんだ、あれは……っ!!!???」
心臓が跳ね上がった。
コンビニの照明が照らす限界の向こう──暗闇の迷宮の奥から、おびただしい数の巨大なモンスターの軍勢が這い出てきていた。
そして、その恐ろしげな軍勢を引き連れるようにして、中央に一人の『女』が立っていた。
美しい黒髪。気高さを纏った端正な顔立ち。異世界の衣装に身を包んだ、正統派の超美少女。
しかし、その身から放たれるオーラは、明らかにそこらの魔物とは一線を画していた。外の世界を統べる者──魔王の風格。
その美しくも冷徹な瞳の女は、ゆっくりと、静かに、光り輝くコンビニの店舗へと歩み寄ってくる。
「……嘘だろ」
これから起こるであろう最悪の展開を想像し、俺は自動ドアの前でカチコチに固まった。




