第56話:店長、お化け屋敷の違和感と蜘蛛の女王の覚醒
薄暗いお化け屋敷の中を、俺はリゼッタと並んでおずおずと歩いていた。その時、すぐ近くでガタッ!と不意に不気味な物音が響く。
「ひっ……!?」
情けなくその場で飛び上がって驚いた俺を、リゼッタがすかさず指をさしてケラケラと笑う。
「あはは! マモルはほんとにビビリよね〜!」
くそ〜……っ。
普通、デートでお化け屋敷っていったら、女の子の方が怖がって男の腕に抱き着いてきて、そこからあんなことやこんなことのラッキーハプニングがあるんじゃないのかよ!! 俺は脳内で、昨日読んだ『B級雑誌』の全く役に立たない恋愛知識に激しい憤りを覚えながら、さらに暗がりをトボトボと進む。
すると突然、俺の後方からただならぬ気配を感じた。俺は恐怖のあまり咄嗟に腕をブンと振り回し、頭を抱えて身を縮こませる。
「いったっ……!」
「……んっ?」
今、暗闇の中で確かに何か小さな悲鳴が聞こえたような気がした。
それに、振り回した俺の手のひらに残るこの奇妙な感覚。……なんか、とても小さくて、いつも口の悪い『あの妖精』の身体にベチッと触ってしまったような感覚に、俺は一瞬その場で固まる。
(……チキンのくせに暴れてんじゃないわよ、クソが……)
やっぱり何か聞こえる。暗闇の奥から、もの凄く口の悪い、小さな何かの愚痴が掠れて聞こえてくる。
「ちょっとマモル、早く行こうよ」
リゼッタに先を急がされ、俺は釈然としないまま仕方なくその場を離れた。だが、胸の奥で何かがずっと引っかかっている。……何か、もの凄く嫌な予感がする……。
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ほうほうの体でお化け屋敷の出口から外に出てきた瞬間、俺の身体を突然、強烈な悪寒が襲った。
なんだ、これ……。心臓が雑巾みたいにギューッと絞られるような、ものすご〜く嫌な予感が全身を駆け巡る。
「マモル〜、そんなに怖かったの?」
隣でリゼッタがニヤニヤしながら茶化してくる。俺は強がって「そ、そんなんじゃねぇよ」と生返事を返したが、内側から湧き上がる得体の知れない強烈な不安に、完全に支配されていた。
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同時刻──ロー〇ソン異世界店。
レオナルトは、誰もいないバックヤードの扉を静かに開き、中へと侵入した。キョロキョロとあたりを入念に見渡す。
そして、目の前にある一つのドアを開けた。
「……ふむ、ここじゃないか……」
パタンとドアを閉め、さらに隣にある別のドアをゆっくりと開ける。
その瞬間、レオナルトの口元が醜くにやりと歪んだ。
「あった……。サカモトの言ったとおりだ」
部屋に入り、背後で静かにドアを閉める。
部屋の中央に鎮座する巨大なカプセルへと一歩ずつ歩み寄り、レオナルトは大げさに両手を広げてみせた。
「ご機嫌麗しゅう……マモル殿」
カプセルの中で眠る無防備なマモルの本体を見下ろし、男は低く冷ややかに笑った。
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デスニーランド──。
背筋を突き抜けるような悪寒がどうしても止まらない。俺はついに自分の足で立っていられなくなり、その場にガクッと膝をついて座り込んだ。
おかしい。これは絶対に異常だ。まるで、バックヤードにある俺の『本体』に、今まさに致命的な危険が迫っているような気がしてならない。
リゼッタが慌てて心配そうな顔になり、俺の顔を覗き込んできた。
「マモル!? 大丈夫!?……ちょっと、あそこのベンチで少し休もう」
そう言って、リゼッタは俺の肩を優しく抱くようにして支え、近くのベンチまで連れていってくれた。
「一体どうしたの?」
「リゼッタ……すごく、嫌な予感がするんだ。上手く言えないんだけど……俺の本体に、何か取り返しのつかない危険が迫っているような……っ?」
「えっ? どういうこと?」
「よくはわからないけど……多分、カプセルの中の俺の本体は意識がなくても、本能で身の危険を感じて、連動している俺の精神の方にまで強烈な恐怖の影響を及ぼしているんだとおもう……っ」
俺が青ざめた顔でそう訴えると、リゼッタの表情が一気に引き締まった。
「ちょっと待ってて。アラクネに電話してみる!」
そう言うと、リゼッタはベンチを飛び出し、近くの街頭にあった公衆電話の受話器を掴んで、大急ぎでお店へと電話をかけた。
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ロー〇ソン異世界店──。
ムシャムシャムシャ……。
カウンターの隅で、口いっぱいに大量の梅おにぎりを文字通りリスのようにほおばっていたアラクネは、店内にけたたましく鳴り響いた電話の音で、ハッと我に返った。
「あ……電話だ」
アラクネは慌てて口の中のものを飲み込み、受話器を取る。
「電話ありがと! 異世界ロー〇ソンだよ!」
『アラクネ!? 今、マモルの体調が急に悪くなっちゃって……! でね、そっちのお店で何か変わったことはない!?』
受話器の向こうから、リゼッタの緊迫した大声が響く。
「あっ!」
『なに!? なんかあったの!?』
「レオナルトが来た」
『えっ、レオナルトが……!? で……そいつ今どうしたのよ!?』
「梅おにぎりくれたから、中にいれた」
『何してんのよバカ!!! マモルの身体が危ないの!!! すぐに奥の部屋の様子を見てきて!!!』
「わかった!」
リゼッタの尋常じゃない怒鳴り声に、アラクネは受話器を放り出すと、今までののんびりした姿からは想像もつかない俊敏な蜘蛛の動きでバックヤードへと突入し、マモルの身体が眠るあの拡張部屋のドアを勢いよくぶち破って飛び込んだ。
「あっ!」
アラクネの目に飛び込んできたのは──どこから取り出したのか、身の丈ほどもある巨大な金属製のハンマーを振りかぶり、カプセルを叩き壊そうとしているレオナルトの狂気に満ちた姿だった。
「アディオス!!!!! マモル殿おおおおおっっっっっ!!!!!!!!」
完全に理性を失った狂気の笑みを浮かべ、レオナルトはマモルの頭部をめがけて容赦なくハンマーを振り下ろす。
ガッシャアアアアアン!!!!!
凄まじい破壊音が部屋中に轟き、最新鋭のカプセル装置のガラス蓋が派手に粉砕され、半壊した。
「ハハハハハ! 死ねぇ!」
レオナルトがトドメを刺そうともう一度ハンマーを高く振りかぶった、その瞬間──アラクネが文字通り弾丸のような速度でレオナルトへと飛びかかった。
ヒョオオオオッ!!!
空気を切り裂く凄まじい殺気を直前に察知し、レオナルトは大慌てで横へと大きく跳びのいて身構える。
部屋の隅に着地したアラクネの瞳が、妖しく真っ赤に光り輝き、その綺麗な銀色の髪が重力を無視して逆立った。
「レオナルト……。……許さない……っっ!!」
「おいおい……『蜘蛛の女王』ともあろう御方が、こんな下等な人間のハエをかばうなんてねぇ」
レオナルトは額に手を当て、困ったようなわざとらしい顔でふらふらと笑ってみせる。
しかし、アラクネは容赦しなかった。背後からうごめく無数の蜘蛛の手足を次々に高速で突き出し、鋭い刺突でレオナルトを容赦なく攻撃する。
「おっと……っと! 狂暴ですねぇ!」
レオナルトは冷や汗を流しながらそれを必死にかわし、猛攻に押されながらも少しずつ扉の方へと近づき、そのまま部屋の外へと命からがら脱出した。
アラクネは逃がさないとばかりにその後を猛追する。バックヤードの扉を力任せに破壊し、売り場の商品棚をガラガラと豪快に倒しながら、レオナルトを店の外へと徹底的に追い詰めていく。
「チッ……!」
さすがのレオナルトも、本気になった蜘蛛の女王の圧倒的な戦闘力を前に、額にびっしょりと冷や汗をにじませた。
「蜘蛛の女王を相手にするのは、少々骨が折れますね……。ここはひとまず、退散としますか!」
キザな捨て台詞を残した瞬間、レオナルトはプライドも何もかも投げ捨てて、脱兎のごとく全速力で店の敷地から逃げ去っていった。
レオナルトの気配が完全に消えたのを確認すると、アラクネの逆立っていた美しい銀髪が静かに元へと降り、真っ赤だった瞳がいつもの優しい色へと戻っていく。
アラクネは息を荒くしながら、すぐにバックヤードの半壊した部屋へと猛ダッシュで駆け戻り、カプセルの中の俺の元へと飛びついた。
「マモル! マモル!」
「う……う〜……ん……」
強制的にホログラフの接続が切れ、全身に鈍い衝撃を受けながら、俺はゆっくりと現実の目を開けた。
目を開けた俺を見るなり、アラクネは涙をボロボロと流しながら、俺の身体に全力で抱き着いてきた。
「よかったぁぁあ……っ!! マモル……死んでない……っっ!!」
「ぐ、ふっ……!?」
無事でよかったけれど、蜘蛛の女王のパワーで力強く抱きしめられ、そのまま身体をブンブンと親の仇のように振り回されながら──俺はただ、壊れたバックヤードの天井を、意識が遠のきそうな目でぼんやりと見つめていることしかできなかった。




