第55話:店長、不穏な揚げ鳥と本陣の危機
リゼッタは満面の笑みで、次から次へと俺を凶悪なアトラクションへと引っ張っていく。
宙返りは当たり前、物理法則を無視した大ジャンプや命がけの演出など、すべてが規格外の恐怖アトラクションの連続に、俺の精神と精気はどんどん削られて生気を失っていった。
そんな拷問のような時間が続き、ようやくお昼時となったことで、しばしの休憩タイムが訪れた。
「リゼッタ、お昼何が食べたい?」
「う〜ん……そうねぇ……肉!」
……だよな。
不覚にも忘れていた。こいつはそういう肉食系の女だった。
「肉系かぁ〜……」
俺は疲れ切った体を引きずりながら、園内マップを広げて飲食店を探す。
「おっ! ここなんかいいんじゃないか? 『揚げたてチキン』って書いてあるぞ」
「いいじゃない! そこにしましょう!」
俺たちはマップの案内を頼りに、お目当ての屋台へと向かった。
しかし、その店の前にたどり着き、ラインナップを目にした瞬間に俺の脳裏を強烈な不安がよぎる。
屋台風のその店に並べられた商品の札には、シンプルに『揚げ鳥』と書かれていた。
揚げ鳥って……まさか、あの『揚げ鳥』か?
俺はそれを二つ購入し、一つをリゼッタに手渡し、もう一つを自分の口へと運んでみた。
サクッ……ジュワァアッ。
一噛みした瞬間、衣の中から尋常じゃない量の肉汁が飛び出し、口いっぱいに見事な旨味が広がっていく。
隣を見ると、リゼッタは本当に嬉しそうにその肉に大口でかぶりついていた。
「こ……この味は……やっぱり……っ」
部活帰りの小腹のすいた学生にはたまらない、あの日本の大手コンビニのレジ横にある、ジューシーなチキンそのものの味だった。
俺は鳥肌が立つのを感じながら、あたりをキョロキョロと不審者のように見渡す。
思えば、入場ゲートにいたあの、最後だけ関西弁を滲ませてきた怪しい係員。そしてこの、どう考えても日本の味そのもののチキン。
「マモル!? どうしたのよ、さっきから」
そそくさと周囲を警戒している俺の様子を見て、リゼッタが不思議そうに声をかけてくる。
だが、まだ完全な確信が持てない俺は、せっかくの初めてのデートを台無しにしたくないという思いから、本音をぐっと飲み込んで黙り込んだ。
「ううん、なんでもないよ! 食べたら、次のアトラクションに行こうぜ!」
「次は……あっちの、あれに乗りましょう!」
俺は再びリゼッタに腕を掴んで引きずられ、さらなる絶叫マシン地獄へと誘われていくのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
同時刻──ロー〇ソン異世界店。
マモルとリゼッタが留守にしている静かなコンビニでは、アラクネが一人で一生懸命に働いていた。
「ありがと〜!」
そう言って、お買い上げいただいたお客に商品の詰まった袋を笑顔で手渡す。
「店長とリゼッタ……今頃楽しんでるかなぁ……」
そんな温かいことを思いながら、誰も見ていないのをいいことに、レジ横の保温什器から『からあげクン』を一個つまみ食いしてモグモグと頬張っていたアラクネの元へ、実に思わぬ客が訪れる。
自動ドアが開き、ピロリロリーンと入店音が響く。
「ご機嫌麗しゅう、アラクネ殿」
相変わらずの、うっとうしいほどのキザなポーズをビシッと決めて店に入ってきたのは、レオナルトだった。
「あっ、レオナルトだ。何しに来たの?」
「何しにって、買い物に決まっているじゃないか。……ところで〜、今日はマモルとリゼッタ姫はいるのかい?」
レオナルトが周囲を品定めするように見回しながら尋ねる。
「いないよ」
アラクネが素直に答える。
(……フフフ、知っているさ……)
レオナルトの口元に、一瞬だけ邪悪で怪しい笑みが漏れる。
「なんだって!? それは困ったな……! 実はマモルから直々に受け取るものがあって、今日この店でもらう約束になっていたんだよ」
「へ〜、そうなんだ……。でも、ホントにいないよ?」
「アラクネ殿……悪いけれど、それは国家レベルの本当に大事なものなんだ。置いてある場所はあらかじめマモルから聞いているから、バックヤードへ入って、ちょっと取ってきてもいいかい?」
そう言ってバックヤードへ進もうとするレオナルトの前に、アラクネはしばらくフムフムと頭をひねって考えてから、両手を広げてガシッと立ちはだかった。
「ダメ!」
「おや、なんでだい? ほんのちょっと、置いてあるものを取りに行くだけだよ?」
「レオナルト……なんかあやしいからダメ。店長がいつも言ってる。『レオナルトは怪しいから絶対に裏に入れるな』って」
留守中のマモルの教えを忠実に守るアラクネ。その言葉を聞いた瞬間、レオナルトの顔が引きつった。
「あのクソガキがあああああああああ死ねえええええええええええっっっっっ!!!!!!!!」
レオナルトは一瞬だけ、般若をも超える鬼の形相になって激昂したが、次の瞬間には無理やりいつもの完璧な営業スマイルへと表情を戻した。
「……おっと、失礼。そうだ、がんばってお留守番をしているアラクネ殿に、素晴らしいプレゼントがあるんだ」
そう言って、レオナルトは懐から、丁寧に包装されたひとつの『梅おにぎり』をスッと差し出した。
「あっ、梅おにぎりだ……。でも、お店のいつものやつと、なんかちょっと違う……?」
「そうさ。よく気がついたね。これはね、遥か西の国にあるコンビニ(パクリ店舗)にある特製の梅おにぎりさ。海苔のパリパリ感が、ここのお店のやつとはちょっと格段に違うと思うよ?」
レオナルトはアラクネの目が釘付けになったのを見逃さず、甘い声で囁きかける。
「さあ……いい子だから、これを食べておとなしくしていておくれ。君が美味しく食べ終わる頃には、私は用事を済ませてすぐ戻ってくるからね」
アラクネは、目の前のパリパリの梅おにぎりとマモルの言いつけを天秤にかけ──数秒後、大きく縦に頷いた。
「うん! わかった!」
「フフフ、交渉成立だ」
レオナルトはその返事を聞いた瞬間、自分が着ていたゴージャスな洋服の隙間から、信じられないほどの大量の梅おにぎりを床へとボロボロ、ボロボロと盛大に落とした。
「さあ……たんとお食べ……」
「わあぁぁあーーーっっっ!!!」
アラクネが床に広がった大量の梅おにぎりの山に目を輝かせ、夢中になってかぶりつき始めたその隙を見計らい、レオナルトは音もなくバックヤードへと歩みを進めた。
無防備なマモルの本体が眠る、あのカプセルのある部屋へ向かって。
その青白い顔には、隠しきれない不敵で怪しい笑みが、ねっとりと漏れ出していたのだった。




