第53話:店長、絶好調の波と地獄のアミューズメント
「店長〜、昨日はどうだったの?」
お昼前、アンナちゃんの気だるく甘ったるい声がレジカウンターに響く。だが、今日の俺は一味違う。昨日の今日だ、そう簡単には動揺しない。
「う〜ん……まあ……普通かな」
わざとそっけない返事を返してみせるが、自分の表情が明らかにニヤついているのが自分でもよく分かった。
アンナちゃんはその締まりのない俺の顔を見て、すべてを確信したように不敵に笑った。
「ふーん、うまくいったならいいけどさ。……ちょっと残念。私も狙って・た・の・に!」
そう言って、アンナちゃんは細い人差し指で俺の胸をツンと突いた。
(……お、俺って……もしかして……もの凄くモテるのか……!?)
そんな特大の勘違いをしてしまうくらい、今の俺は人生最高潮に絶好調だった。つい最近まで暗い部屋で引きこもりニート生活を送っていたとは思えないほどの充実ぶりに、俺はあえて気を引き締める。
油断大敵、こういう時こそ慎重にいかなくては……。
昼になり、アラクネが出勤して(起きて)きた。
「店長〜、なんか嬉しそうだね。リゼッタとうまくいったんだ〜」
アラクネはいつものようにニコニコしながら、そう言って無邪気に笑う。その純真むく天真爛漫な顔を見ているだけで、俺の汚れた心が洗われるように癒やされていく。
手元の時計を見ながら、アンナちゃんが「そろそろあがりま〜す」と言って、着替えのためにバックヤードへと消えていく。
「もうそんな時間か……。そろそろ……リゼッタが出勤してくる時間だ……」
途端に、俺の心臓がそわそわと落ち着かなくなる。昨日はあのまま勢いで別れたから誤魔化せたけれど……一体、今日はどんな顔をして会えばいいんだ? 悲しいかな、これまでの人生で恋愛経験がなさすぎて全く分からん!!!
そうして俺が一人でパニックになっているうちに、自動ドアが開き、お馴染みのリゼッタが出勤してきた。
パッと目が合った瞬間、彼女の綺麗な顔がみるみるうちに林檎のように赤らんだ。当然、俺の顔も真っ赤に染まっているのだろう。顔が破裂しそうなくらいに熱い。
「お、おはよう!」
俺は動揺を隠すように、ぎこちなく右手を挙げて挨拶した。
「お……おはよう」
リゼッタも蚊の鳴くような声でそう言うと、そそくさと俺の前を通り過ぎて、逃げるようにバックヤードへと消えていった。
レジの横で、その二人の様子をアラクネが相変わらずニコニコと温かい目で見守っていた。
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あ〜〜〜〜……ダメだ、どうすればいいんだ。
胸の鼓動がうるさすぎて、仕事が手につかない。気がつけば、売り場を動くリゼッタの姿を無意識のうちに目で追ってしまっている。
そしてどうやら彼女も同じなのだろう、ふとした瞬間に目が合うたびに、お互いに顔を真っ赤にして大慌てで目をそらし合うという不審な動きを繰り返していた。
「は……発注してきま〜すっ!!」
俺はこの甘酸っぱすぎる限界空間に耐えきれなくなり、現実逃避するようにバックヤードへと避難した。
扉を閉めた瞬間、バックヤードの床の上で俺は大きく深呼吸を繰り返した。
「ふ〜……っ。毎日これが続くと、さすがの俺も心臓が持たないぞ……」
俺は乱れた呼吸を整えながらストコンの前に座り、いつもの発注画面を開いた。
「そう言えば、今回のレベルアップで新商品が色々と増えたはずだよな。一体、何が増えたのかな……」
気持ちを切り替えるため、俺は画面のリストを順にスクロールしていく。
「んっ?」
その時、画面の隅にある見覚えのないボタンに俺の目が止まった。そこには、普段の発注リストとは明らかに違う、見慣れないバナーリンクが張ってあった。
「……デスニーランド……?」
俺は何気なく、その不穏な響きのリンクをカチリとクリックしてみた。
次の瞬間、ページがパッと開き、画面から大音量の紹介動画が流れ始めた。
『──地獄の国へようこそ。乗れば命を削る絶叫ジェットコースター! 二分の一の確率で座席ごと地上へ墜落する死の観覧車! 驚かすお化けは全員本物の悪霊、最恐お化け屋敷! 地獄の国デスニーランドへようこそ!!!──』
「のわぁ!!!! なんだこれはっ!!! こんなところ、行ったら死にに行くようなもんじゃねえか!!!」
俺はあまりの恐怖映像に慌ててブラウザの画面を消そうとしたが──その瞬間、背後から伸びてきた白い手に、ガシッと手首を止められた。
振り返ると、いつの間にかバックヤードに入ってきていたリゼッタが俺の後ろに立ち、ストコンの画面をそれはそれは食い入るような目で見つめていた。
俺は引きつった顔のまま、一応、恐る恐る聞いてみた。
「……行き……たい……?」
リゼッタは目の輝きを120%にさせると、何度も大きく、激しく縦に頷いた。
俺の脳細胞が超高速でフル回転を始める。
リゼッタを喜ばせるために現地でショック死するか……あるいはリゼッタのお願いを拒否してその場で彼女に悲しまれ、怒りのビンタで殺されるか……。
いや、待てよ。俺には……最強の味方がいるじゃないか。
俺は──死なない。
なんと言っても、俺は『ホロ・アテンダント・システム』のホログラフで行くんだ。実体モードをOFFにすれば攻撃だってすり抜けるし、どんな危険なアトラクションに乗ったって、カプセルの中の本体が死ぬことは絶対にない。
これ、リゼッタとの関係をさらに進展させる絶好のチャンスじゃないか!!
手繋ぎ、チューの次は……一体なんだ!? よく分からんが、大人の階段的な何かがそこにはあるはずだ……!
「よし!! 行こう、リゼッタ!」
「やったぁ!」
そう言って、リゼッタは嬉しそうに俺の手をぎゅっと力強く握りしめた。
可愛い……っ。俺、引きこもりニートだったのに、こんなに幸せで本当にいいのだろうか?
だが、この時の俺は──これが、あの地面から湧き出る例のサイコ野郎の用意した、恐るべき卑劣な策略だったとは、まだ知る由もなかったのである。




