第52話:店長、初めてのピクニックと無敵の決意
なんか……めちゃくちゃ楽しいぞ……!
俺は今、リゼッタと初めてのピクニックデートを心から楽しんでいた。
出発した当初は、お互いに気恥ずかしさもあって少し距離のあった二人だったが、歩みを進めるうちにいつの間にか自然と手を繋いで歩いている。
考えてみれば、この異世界に来てから半年以上、毎日のように狭いコンビニの中で顔を合わせてきたんだ。それなりの距離感になっていても、今更おかしくはないのかもしれない。
それに……今の俺はホログラフの無敵状態だ。死ぬ危険が一切ないと思うと、普段なら悲鳴を上げて逃げ出すような魔界の地獄の景色だって、どこか風情があるように見えてくるから不思議なものだ。
やがて小高い丘の上まで登ってくると、俺は持ってきたレジャーシートを地面に広げた。リゼッタに座るように促し、俺もそのすぐ隣に並んで腰を下ろす。
目の前の荒野では、大きな魔獣が小さな魔獣を一口でバクリとひとのみにしている真っ最中だった。
「いい天気だなぁ〜」
俺はそんな弱肉強食の光景を眺めながら、両手を上げて大きく伸びをした。
「そうね」
リゼッタは少し恥ずかしそうに俺の横顔を見つめながら、小さくそう言った。
「あ……あのさ、お腹空いてない?」
リゼッタが上目遣いに俺にそう聞いてきた、まさにその瞬間。
ぐ〜〜〜〜……。
驚くほどタイミングよく、俺のお腹が盛大に鳴り響いた。
「ふふふ」
「はははっはっはは!」
二人は同時に声を上げて笑ってしまった。
「そうだな〜、どうやら腹は減ったみたいだ」
俺が照れくさそうに笑いながら言うと、リゼッタは嬉しそうに、持ってきたバスケットの中からお弁当を取り出した。
実はピクニック用にと、日本の行楽弁当をストコンで多めに発注していた俺だったが、リゼッタが「自分が用意する」と事前に聞いていたため、あえて店に置いてきたのだ。今頃はきっと、アラクネのブラックホールのような腹の中に収まっていることだろう。
リゼッタが丁寧に取り出した弁当の包みを、ゆっくりと開く。
「おおぉ!!!!」
中身を見た俺は、思わず大声を上げていた。
そこには、ふっくらとしたサンドイッチに三角形のおにぎり、ジューシーそうな唐揚げに、綺麗な黄色い卵焼きなどなど、馴染み深い人間界の食べ物がそれはそれは美しく敷き詰められていた。
(……そう言えばリゼッタのやつ、少し前に店にあったレシピ本を買って帰ってたな。このお弁当を作るためだったのか……!)
ふと視線をリゼッタの指先に移すと、ところどころに小さな絆創膏が痛々しく貼られているのが見えた。慣れない日本の料理を、俺のためにどれほど一生懸命がんばって作ってくれたのかが、それだけで手に取るように分かった。
心地よい魔界の風が、リゼッタの綺麗な髪をふわりとなでる。彼女はこぼれた髪を細い指先で耳にかけながら、遠くの地平線を見つめていた。
その大人びた横顔があまりにも綺麗で、俺の心臓は一瞬で爆発寸前まで跳ね上がる。
ホログラフの体ですら、これほどの高鳴りを感じているんだ。今頃、バックヤードのカプセルの中で眠っている俺の本物の身体は、一体どんなことになっているのやら。
「ねえ? 食べないの?」
リゼッタにジッと覗き込まれて声をかけられ、俺は慌てて我に返った。
「あ……ああ……! いただきます!」
まずは……大好物の唐揚げからだ! 箸で掴んで思い切り口に放り込む。
「うっ……うまい!!! めちゃくちゃくちゃうまいよ、リゼッタ!!」
「本当!? お世辞言ってない?」
リゼッタが嬉しそうに顔を真っ赤にしながら、俺の顔を下から覗き込んでくる。
「お、お世辞なわけないよ! 本当にうまいんだって!」
俺は急に恥ずかしくなってパッと顔をそらし、今度は大きな飯のおにぎりにかぶりついた。……うまい。本当に、涙が出るほどうまい。
もぐもぐと口を動かしながら、俺は以前からずっと気になっていた「あの件」を、努めて平静を装いながら切り出してみた。
「そう言えば……例の、お見合いの話ってどうなったんだ?」
「えっ? ……気になるの?」
「そりゃ……まあ……な……。一応、店のスタッフのことだしさ……」
「ふーん。……断ってるんだけどね。お父様がどうしても納得してくれないのよ」
「な……なんで断るんだよ。西の国の皇太子だろ? 側から見ればめちゃくちゃいい話じゃないか。……もしかして、誰か……好きな人が……ほかに……いるの……か?」
我ながら引くほどに、恐ろしいほどの棒読みになってしまった。
恥ずかしすぎて、リゼッタの目をどうしても直視できない。俺は遠くで繰り広げられている魔獣の凄惨な食事風景を穴が開くほど凝視しながら、なんとかそう言った。
「好きな人……いるよ」
リゼッタが静かに答える。
「ど……どんなやつなんだよ……?」
「頼りないけど……まじめで……お店の仕事に、いつでも一生懸命なやつ」
ドクン! ……ドクン! ……。
俺の心臓が、耳の奥で激しく警鐘を鳴らす。
今……これ、一体どういう状況だ!? 悲しいかな、これまでの人生で女性経験がなさすぎて全く分からない。これは、少女漫画とかでよく見る「そういう流れ」なんだろうか。もしかして……もの凄く、いい感じ……なのか……!?
「そ……それって……お……れ……」
俺がそこまで言いかけた、まさにその瞬間だった。
ズガガガガガガッ!!!
突然、俺たちの目の前の土が激しく盛り上がり、爆発したかのように中から一人の男が勢いよく飛び出してきた。
「ご機嫌うるわしゅう、リゼッタ姫。……と、そこにいるハエ」
泥を払いながらエレガントにひざまずいたのは──あのストーカー大将、レオナルトだった。
レオナルトはさも当然のような顔をして、リゼッタに向かって恭しく一礼する。
「な……なんなのよあんた! こんなところで、急に地面から湧いて出てきて!!」
完全にムードをぶち壊されて激昂するリゼッタに対し、レオナルトは涼しい顔で立ち上がった。
「たまたまですよ、リゼッタ姫。たまたま私がこの丘の土の中で優雅に昼寝をしていたところに、リゼッタ姫と……そこらへんを浮遊する不快なハエの声が聞こえてきたもので、こうしてご挨拶に伺ったまでです」
「こんなところに偶然寝てるわけないでしょ!! もう、二度と私に付きまとわないで!」
リゼッタは完全にキレながら、広げていたお弁当を大急ぎでバスケットの中にしまい込むと、俺の手をぎゅっと力強く引いた。
「いきましょう……マモル!」
「あ……ああ」
俺はリゼッタに手を引かれるまま立ち上がり、その場を早足で後にする。
後ろから、背中が焼け焦げそうなほどの凄まじい殺気と怨念の視線を感じるが、俺は絶対に振り返らない。
なぜかって? さんざん人をハエ呼ばわりしやがって、俺の怒りはすでにMAXを優に超えているからだ。今あのサイコ野郎と目が合ってしまったら、俺の内に秘めた怒りの炎で、あいつの命の保証ができないからな。危ないところだった。
その後も、行く先々で「たまたまばったりとその場に居合わせた」と厚顔無恥に主張するレオナルトにことごとくデートを邪魔されながらも、俺とリゼッタのピクニックデートは、それを含めて不思議と楽しく過ぎていった。
やがて、俺は腕時計で時間を確認する。そろそろ店に戻らないと、アンナちゃんのシフトが終わってしまう時間だ。
「そろそろ、店に帰ろうか」
「そうね」
二人は帰り道もまたしっかりと手を繋ぎ、懐かしい我が家であるロー〇ソンまで戻ってきた。
店の自動ドアの前まで来て、俺はバックヤードのカプセルに戻るため、繋いでいた手を離して振り返る。
その時──。
一瞬、世界の時間が完全に止まった。
柔らかな、だけど確かな体温を伴ったリゼッタの唇が、俺の唇の真上に、そっと重ねられた。
驚きで完全に硬直した俺を前に、リゼッタは顔を一瞬で真っ赤に染め上げ、だけど最高の笑顔を浮かべた。
「今日は本当に楽しかった。……ありがと!」
リゼッタはそれだけを言い残すと、固まったまま動けない俺を置き去りにして、恥ずかしそうにダッシュで城の方へと走り去っていった。
直後、ホログラフの稼働限界を迎えた俺の身体は、静かに光の粒子となってその場から消え去った。
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プシューーーッ。
バックヤードの暗い部屋の中で、装置のガラス蓋が開き、俺は勢いよく上半身を跳ね起き上がらせた。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」
いまだに唇に生々しく残っている、あの信じられないほどに柔らかい感触。俺は自分の右手の指先で、そっと唇をなぞりながらカプセルの中から這い出た。
「リゼッタ……俺は……っ」
俺は胸の奥から湧き上がる熱い感情を抑えきれなくなり、拳を強く握りしめた。
「俺は、お前のことが大好きだ!!! 今度は……次こそは絶対に、生身の身体でチューするぞおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
静まり返った暗いバックヤードの部屋の中に、引きこもり店長マモルの、人生最大の決意の叫びがいつまでもこだましていた。




