第48話:店長、初めての誕生日会と異世界の良い奴ら
アラクネの誕生日当日、夕方になりお店のお客が落ち着いたところで、俺はアラクネにひとつの用事を頼んだ。
「アラクネ。実はハローワークに書類を持っていかないといけないんだけど、ドローンでの提出はダメみたいなんだ。悪いけど、頼めるかな?」
「うん!」
アラクネは何も疑うことなく、俺の指示通りに書類を持ってトコトコと店を出て行った。
アラクネの姿が見えなくなったのをしっかりと確認してから、俺はバックヤードで大急ぎでパーティーの準備を始める。部屋を飾り付け、ストコンで仕入れたケーキや料理をテーブルの上にずらりと並べていく。
リゼッタは、今朝あの城からの使いが持ってきた大きなぬいぐるみが入ったプレゼント箱を、自分のロッカーの奥へ大切そうに隠した。
「あとはアラクネが帰ってくるのを待つだけだな」
そう言って一息つき、レジカウンターに戻った俺たちの元へ、本当に思わぬ来客が訪れる。
自動ドアが開き、ピロリロリーンと軽快な入店音とともに店に入ってきたのは──なんと、モカを肩に乗せたサカモトだった。
俺とリゼッタは瞬間的に臨戦態勢になり、鋭い目で見つめ合う二人をにらみつける。だが、サカモトはまるで俺たちの殺気を意に返さぬ態度で、へらへらと両手を挙げた。
「そんな目で見んといてや〜。今日はアラクネちゃんの誕生日をお祝いしに来ただけなんやから」
そう言って、サカモトは悪びれもせずずかずかと店の奥へ上がり込んでくる。
「なんでお前がアラクネの誕生日を知ってるんだよ」
俺が不機嫌に問い詰めると、肩の上のモカがふんっと胸を張って答えた。
「わたしはアラクネのマブダチなのよ。誕生日を知らないわけないじゃない」
「だからってお前らは敵だろうが! いつも堂々と店に入ってきてんじゃねえよ!」
「うっるさいわね〜。あんたやんの? ん? やんのか?」
そう言って、モカはボクシングのようにシュッシュッと拳を小さく突き出して挑発してくる。
「てめぇ〜、調子に乗ってんじゃねえぞ!!!」
俺はリゼッタの背中にしっかり隠れながら、モカはサカモトの背中に隠れながら、お互いに一歩も前に出ないまま激しい罵倒の応酬を繰り広げる。
だが、いい加減にそんな俺たちの情けない泥仕合に我慢できなくなったリゼッタが、ついに大声で怒鳴り散らした。
「う〜る〜さ〜い〜い〜い〜い〜い!!!!」
リゼッタの地響きのような大声に、俺とモカは一瞬でガチッと硬直して首をすくめる。
「ケンカするのは勝手だけど、人の後ろに隠れるのやめてくれる?」
「「・・・・・はい・・・・・」」
俺とモカの息の合った返事を聞き、リゼッタは大きくため息をついた。
「まあ、いいじゃない。アラクネの誕生日なんだから、パーティーは人数が多い方が楽しいでしょ」
リゼッタがそう言って折れると、「そやそや」とサカモトが調子よく頷く。
「それに、ぎょうさんプレゼントも持ってきたしな」
そう言って、サカモトはたくさんのプレゼントが詰まった大きな袋を俺に見せてくる。
「まあ……そうだな」
これ以上ゴネても仕方がない。俺もしぶしぶながら了承し、二人をバックヤードへと通した。
だが、もちろん二人を完全に信用したわけじゃない。俺はリゼッタに、レジ裏で二人をしっかり監視するように言いつけ、一旦彼らをバックヤードに残した。
それからしばらくして、ようやくアラクネが帰ってきた。
「店長、ただいまー」
おつかいを終えたアラクネは、いつも通りニコニコしていて本当に可愛い。
俺はアラクネを迎え入れると、すぐに店の自動ドアの電源を切り、入り口に『本日は閉店します』の看板をそっと置いた。
(……現実世界なら本部に一発で怒られる大問題だろうが、ここは異世界だ。コンビニが必ずしも24時間営業じゃなくたっていいだろう……!)
「アラクネ〜!! ちょっと来てくれるか〜!」
俺はわざと大声で、バックヤードの中にいるメンバーにもしっかりと聞こえるようにアラクネの名前を呼んだ。
「アラクネ。悪いけど、バックヤードの什器からアメリカンドッグを一本取ってきてくれるか?」
「うん!」
これまた何一つ疑うことなく、アラクネがバックヤードの扉をパッと開ける。
その瞬間──。
パンッ! パンッ!!! パパンッ!!!
バックヤードの中で、クラッカーが一斉に激しく鳴り響いた。
「誕生日おめでと〜!!!!」
みんなで息を合わせて、一斉に祝福の声をかける。
不意打ちを食らったアラクネは、何が起きたのか分からず数秒ほど大きな目を丸くしていたが、目の前の光景を理解した瞬間、パァッと満面の笑みを浮かべた。
「みんな……ありがとう……!」
「さあさあ、みんなでパーティーの準備をしてたんだ」
俺はそう言って、主役であるアラクネの手を引いて優しくエスコートする。
「アラクネ〜、おめでと〜!」
モカが嬉しそうに叫び、肩から飛び降りてアラクネの身体にギュッと抱き着く。
「うん……ありがと」
アラクネは少し照れくさそうに笑いながら、モカの頭を撫でて答える。
「さあさあ、主役も席に着いたことですし、みなさん派手に乾杯といきましょうや!」
サカモトがそう言って、手際よくみんなの手元にドリンクの入ったグラスを配っていく。
「じゃあ、店長からひとことお願いね」
リゼッタにそう振られ、俺は少し緊張しながらグラスを高く持ち上げた。
「アラクネ……。俺がこの世界に来た初日にお前に出会って、はじめは俺を食べようとしていたお前だけど、いつの間にかこうして一緒に暮らすようになって……」
「マモル……話が長い!!!」
リゼッタにジロリとにらまれて即座にツッコミを入れられ、俺はゴホンとひとつ大きなせき払いをした。
「……とにかく、誕生日おめでとう!! 乾杯!!!」
「乾杯!」「かんぱ〜い!」「乾杯!」
みんながそれぞれのドリンクを美味そうに喉に流し込んだ最高のタイミングで、リゼッタがロッカーからプレゼントの箱を取り出し、アラクネの前に差し出した。
「はい、アラクネ。これ、私から」
「あ、ありがとうリゼッタ」
アラクネがワクワクしながらプレゼントの箱を開けると、その瞬間にパッと顔全体の表情が綺麗にほころんだ。
「くまさんだ〜っ!!」
アラクネは、箱の中から出てきた大きなクマのぬいぐるみを、愛おしそうに全力でぎゅっと抱きしめる。そして、その大きな瞳には、じわりと温かい涙が浮かんでいた。
「アラクネ……こんなの、生まれて初めて……っ」
本当に嬉しそうなアラクネの姿を見て、俺は愛おしくなり、彼女の頭をくしゃくちゃに優しく撫で回した。
「おめでとう、アラクネ」
バックヤードの中で、みんなが温かい笑顔で笑っている。
敵も味方も関係なく、ただ一人の女の子の誕生日を祝う優しい笑い声。
俺は賑やかな部屋の天井をふと見上げながら、心の中で静かに思った。
(……父さん、母さん。俺が飛ばされたこの異世界には、探してみたら、結構いい奴らがいるよ)
そんな温かい余韻を残しながら、アラクネの特別な誕生日の夜は、賑やかに更けていくのだった。




