第46話(第二部第1話):店長、魔界の求人と再び凍りつくバックヤード
バックヤードの狭い事務スペースの中に、むせるような大人のフェロモンが充満していた。
目の前のパイプ椅子に座る女性が、艶めかしい音を立てて足を組み替えるたびに、俺の鼻の下は重力に逆らうことなく際限なく伸びてゆく。
タイトなミニスカートの裾から大胆にのぞく、白く滑らかな太ももの存在が、俺の純真な引きこもりメンタルをこれ以上ないほど激しくかき乱していた。
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あのレオナルトによるドローン破壊事件や、リゼッタの旅行すれ違い騒動から、早いもので半年という月日が流れた。
おかげさまで、迷宮のロー〇ソンは順調にお客様を増やして売上を伸ばし、店舗レベルもついに『20』の大台まで上がっていた。
お客様が増えるのはプロ店長としてこの上なく嬉しいことなのだが、半年前とは比べ物にならない客数になり、だんだんと俺、リゼッタ、アラクネの三人だけでシフトを回すのが体力的に難しくなってきていたのだ。
そこで、以前アラクネからその存在を聞いていた『魔界のハローワーク(公共魔族職業安定所)』に初めて求人を出してみた。
──そして、今まさにその記念すべき一人目の面接の最中、というわけだ。
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俺は目のやり場に困りながらも、太ももから応募者の顔へと必死に視線を移した。
アンナちゃん……。半年ぶりに至近距離で見る彼女は、相変わらずお人好しそうな可憐な顔立ちをしているくせに、衣服の限界に挑むような恐ろしいダイナマイトボディを誇っていた。
そう、ハローワークの求人を見て応募してきたのは、かつて俺の煩悩を深夜に朝にと大爆破していった、スナック『来夢来人』の夜の女王・アンナちゃんだった。
なんでも、最近の魔界の深刻な不景気によってスナックの経営が少々芳しくないらしく、昼間の空いた時間を使ってコンビニバイトでも始めようと考えたらしい。
「ねぇ、店長さん? わたしって見た目も悪くないと思うし……」
アンナちゃんは妖艶な微笑みを浮かべながら、その身体のラインを余すことなく強調するボディコンの胸元へと、可憐な指先をゆっくり滑らせていく。俺の引きこもり気質の視線も、当然のようにその指先の軌道を忠実に追跡した。
「お店に立ったら、男のお客様もすっごく増えると思うのよねぇ?」
ごくり、と喉を鳴らして生唾を飲み込み、俺は慌てて視線を彼女の目元へと戻した。
「え、ええ……まあ……その、そうですね……っ」
提示された希望シフトは、彼女の本業であるスナックが終わってすぐの『朝方から昼までの時間帯』。リゼッタとアラクネが来る前の、まさにうちの店舗が一番人手を欲していた魔の時間帯であり、こちらのニーズとは完全に一致していた。
俺はカウンターの机の上に置いた履歴書越しに、アンナちゃんの太ももをガン見しながら、心の中で(採用……ッ! 100%採用……ッ!)と叫んでいた。
「じゃあ、採用ってことでいいかしら、店長さん?」
アンナちゃんはさらに追い打ちをかけるように、フフッと笑って再び足を組み替える。
俺の視線はその太ももの奥の絶対領域に完全に集中したまま、魂の抜けた声で答えていた。
「あ……はい……。もちろんですっ」
「あら、嬉しい!」
「で、では、さっそく明日から出勤していただけますか? 初日は研修になりますので、メモ帳と筆記用具をお持ちください」
「わかりました〜。それじゃあ、明日からよろしくね〜」
そう言ってアンナちゃんが立ち上がり、バックヤードの扉の方へとゆっくり歩き出す。
歩くたびに、ボディコンの生地の下でぷるぷると魅惑的に揺れる豊満なヒップを眺めながら、俺の心臓は激しく動悸していた。
(……くぅ〜〜〜っ!!! これから毎日、あの素晴らしいヒップを店長という特権で合法的に拝めるとは、最高の役得だぜ……っ!)
俺は伸びすぎた鼻の下を元の位置へと戻しながら、リゼッタたちに見つからないよう、心の中でガッツポーズをキメた。
──ガチャ。
まさにその瞬間、最悪のタイミングでバックヤードの扉が開き、リゼッタが制服に着替えるために部屋へと入ってきた。
リゼッタは、ロー〇ソンの地味なバックヤードには明らかに不釣り合いな、色気を撒き散らすアンナちゃんの姿を一瞥し、それから俺を見る。
俺が大事そうに両手で持っている履歴書を見てから、もう一度アンナちゃんを凝視した。その瞳の奥の光が、スッと消えていくのが分かった。
「あら……かわいいお嬢さんがいるのね。わたし、これからここで働くことになったアンナよ。よろしくね?」
アンナちゃんが持ち前の人当たりの良さで声をかけるが、リゼッタは腕を組んだまま、冷たくそっけなく返事をした。
「……はい……」
するとアンナちゃんは、怯えるどころかくすくすと笑いながら、すれ違いざまにリゼッタの耳元へと唇を近づけた。 そして、俺にも聞こえるような小声で、極上の爆弾を投下した。
「店長さん、素直でとってもかわいいわね……。わたし……今度こそ食べちゃおうかしら」
「ッ……!」
リゼッタが般若のような顔になり、キッとアンナちゃんを鋭く睨みつける。
「じゃあねぇ〜」
アンナちゃんはそんなリゼッタの殺気など全く意に介さない様子で、ひらひらと手を挙げながら、優雅にバックヤードから出て行った。
カタン、と扉が閉まり、再び重苦しい沈黙がバックヤードを支配する。
「で……?」
リゼッタがゆっくりと、ジロリと俺の方へ首を向けた。
「……雇うの?」
氷点下の据わりきった瞳。俺は履歴書を胸の前に掲げて盾にしながら、消え入りそうな声で答えた。
「……はい……」
「あっ……そう」
気まずい。気まずすぎて、いっそ今すぐドローンになってあの溶岩の川まで逃げ出したいレベルだ。半年前のパフェ事件の記憶が鮮明にフラッシュバックする。
「私、これから着替えたいんだけど?」
冷淡極まりないトーンでそう言われ、俺は「あ……す、すみませんっ」と上擦った声をあげた。
履歴書を抱えたまま、バックヤードの事務スペースからいそいそと売り場へ向けて退散したのだった。
せっかくレベル20に達し、ようやく落ち着きを取り戻していたはずの、俺の快適な異世界コンビニ引きこもり生活。
だが、この大人の新スタッフの加入によって、とんでもない大波乱の予感が幕を開けようとしていた──。




