第43話:店長、狐の業務提携と最強のキラーコンテンツ
「ありがとうございました……」
俺は力なく、消え入りそうな声でお客様にビニール袋を手渡した。
あの最悪のレオナルトによるドローン破壊事件から、数日が経過していた。
リゼッタに俺たちの本当の思いを届ける唯一の術を失った俺とアラクネの心は、深い泥の中に沈み込んだように、ずっと暗く冷え切ったままだった。
「店長……元気出してね?」
カウンターの横から、俺を本気で心配してアラクネが下からそっと声をかけてくれる。
俺はアラクネのツヤツヤとした黒髪を優しく撫でてやりながら、「ありがとう……」と力なく笑ってみせるのが精一杯だった。
当然だが、あの日以来、リゼッタがお店に顔を出すことは二度となかった。
「はぁ~……」
本日何度目かも分からない、重いため息をついたその瞬間だった。
ウィーン、ピロリオリーン♪
「いらっしゃいませー……」
俺は自動ドアの方を見ることすら面倒で、レジの画面を見つめたまま、完全にルーティンと化した挨拶を投げかけた。
「なんや、えろー落ち込んどるやないか、マモルはん」
ビクッ、と俺の身体が跳ね上がった。忘れるはずもない、あの底意地の悪い、だけど妙に軽快な関西弁のイントネーション。
俺が弾かれたように自動ドアの方へと視線を向けると、そこには、いつものようにモカをちょこんと肩に乗せたサカモトが、ニタニタと胡散臭い笑みを浮かべて立っていた。
「サカモトぉぉぉっっ!!!!! お前、よくもぬけぬけと……っ!!」
前回の狂言強盗の怒りが一気に沸点へと達した。
俺は我を忘れ、勢いよくレジカウンターの仕切りを飛び越えると、サカモトの胸ぐらを掴もうと全力で掴みかかった。
──だが。
「おっと、危なっ」
サカモトは、俺の必死の突撃をまるでスローモーションでも見るかのように最小限の動きで巧みにかわした。直後、俺の手首をガシッと掴むと、そのまま流れるような動作で俺の腕をぐいっと引っ張り、慣性の法則だけで俺の身体を床へと叩きつけたのだ。
ドサッ!!!
「えっ……!?」
間抜けた声が口から漏れる。
気がついたときには、俺は冷たい床に顔面を押し付けられ、サカモトによって完璧に愛の関節技を決められていた。一ミリも動けない。
「まあまあ、落ち着きなはれマモルはん。今日は別に、ケンカしに来たんじゃおまへんのや」
床に視線を固定された俺のすぐ目の前で、肩から降りたモカが、これ以上ないほど偉そうに腕を組んで「うん、うん」と生意気に頷いている。
(サカモトの野郎……口先だけの商人かと思ったら、めちゃくちゃ強いじゃねぇかよ……っ!!)
引きこもりニートの貧弱な筋力では、抵抗することすら叶わない。
「あの……だったら、とりあえずこれ、離してもらえませんか……?」
俺が観念して情けない声を出すと、サカモトは「よっしゃ」と言って腕の力をフッと緩めた。
──バーカ! 今の俺は、リゼッタの件でめちゃくちゃ虫の居所が悪いんじゃいっ!!!
俺はサカモトが油断して力を緩めたその一瞬の隙を突き、強引に腕を抜き去ると、今度こそサカモトの首根っこを背後からガッチリと掴み捕った!
……はずだった。
「あだだだだだだだだっっっ!!!!!!??」
なぜだ。なぜ俺は今、再び床に仰向けに寝転がされ、さっきより数倍エグい角度で足関節(アキレス腱固め)を決められているんだ!?
「マモルはん……ちょっと往生際が悪すぎますわ。このまま、腕の骨一本くらいパーンといっときますか?」
モカがサカモトの脅しに便乗して、狂ったように激しく首を縦に振っている。こいつ、二重スパイのくせに完全にサカモト側に寝返りやがったな!
「いやだぁぁぁぁぁあああああ!!! アラクネっっ!! 助けてぇぇぇぇぇ!!!」
情けもプライドもかなぐり捨てて俺が絶叫した、まさにその刹那。
サカモトの顔から余裕の笑みが消え、弾かれたように素早い動きで俺から飛び退き、低く身構えた。
「──店長をいじめる奴、アラクネ、絶対に許さない」
バックヤードの薄い扉を開けて売り場に現れたアラクネの全身から、空気を物理的に歪ませるほどの凄まじい「覇気(魔力)」が立ち上っていた。
アラクネの二つの目が、冷酷な魔獣のそれへと変わり、一歩、また一歩とサカモトへと歩み寄る。
ロー〇ソンの店内の空気が、一瞬にしてカチカチに凍りついた。
だが、サカモトはアラクネの圧倒的なプレッシャーを前にしながらも、ふぅと息を吐くと、すぐに構えを解いて元のへらへらとした笑みへと戻ってみせた。
「いやいや、冗談、ただの冗談がな〜! わし、今日はホンマに建設的なお話し合いをしに来ただけですわ」
俺はアラクネの背中の後ろから、ひょこっと情けなく顔を出し、安全圏を確保してからサカモトを怒鳴りつけた。
「何が話し合いだっ!! さんざんモカを使って人を騙しておいて、よく言うぜっ!!」
「まあまあ、そう怒らんといてや。あれは情報戦の範疇、仕方のないことですわ。……それより、今日はマモルはんにも、絶対に断れない『メリット』のあるお話を持ってきたんですわ」
「なんだよ、俺のメリットって!?」
サカモトは細いキツネ目をさらに細め、開いた扉の向こうにあるバックヤードの奥の部屋を、チラリと見て言った。
「マモルはん……最近、お気に入りの『ドローン』がなくなって、えろー困ってはりませんかね?」
ドクン、と心臓が跳ね上がる。
「なっ……! なんで、それを……っ!?」
「わしの情報網をなめてもらっては困りますわ。西の魔族のサイコ皇太子に、高度一万尺の岩山で機体をグッチャグチャの粉々に粉砕されたんと違いますか?」
くっ……!! なんでこいつが、あの魔王城の手前で起きた極秘の事件まで知っていやがるんだ。
「だったらどうだって言うんだよ! 粉々になったんだからもう終わりだろ! お前には関係ないはずだ!」
悔しさに唇を噛む俺を見て、サカモトは勝利を確信したような不敵な笑みを浮かべた。
「まあ、わしには直接関係おまへんけど……。この前の狂言強盗の『お詫び』として、これをマモルはんに差し上げようと思いましてね」
サカモトが、肩の上のモカにスッと目配せをする。
モカは、店の外の台車に置いてあったらしい、大きな風呂敷の包みを一生懸命に引きずってきて、俺の目の前でその結び目を広げた。
「なっ……!! これ、は……っ!!!」
俺は驚愕のあまり、言葉を失った。
風呂敷の中から現れたのは──レオナルトの手によって跡形もなくスクラップにされたはずの、あの最新鋭ドローンだった。外装の傷一つなく、完全に、ミリ単位の狂いもなく元通りに修理された状態で、そこに静かに鎮座していたのだ。
「なんで……なんでこれをお前が持ってるんだよ……っ!?」
「あ〜、いやいや、ちょっとその辺の岩山を散歩しとったら、たまま『拾った』んですわ」
そう言ってサカモトはケラケラと笑う。絶対に嘘だ。あらかじめ網を張って、レオナルトが壊した残骸を回収し、自分の技術で直したに決まっている。
「まあ、もしマモルはんが『こんなもんいらん』って言うなら、わしが持って帰って自分の店の戦力にさせてもらいますけど……どうします?」
「いやいやいや!!! いりますっ! いります、めちゃくちゃいります!! ありがとうございます!!」
俺はリゼッタへの唯一の希望の光を前にして、プライドを全て犬に食わせ、ドローンに向かって必死に両手を伸ばした。
──だが、その直前。サカモトの手が電光石火の速さでドローンをさっと上空へ snatch し、俺の手の届かない位置へと取り上げた。
「...マモルはん。……商売人が、ただ(無料)で物を動かすわけがない、っちゅーのは百も承知でっしゃろ?」
「なんだって……?」
サカモトはその場にのっそりとしゃがみ込み、床にへたり込んでいる俺の顔の正面で、目を合わせた。
「どうでっしゃろ。ここらで一つ、うちのセ〇ンと、マモルはんのロー〇ソンで……『業務提携』なんちゅうのを結んでみるのは」
「業務、提携……?」
「そやそや。お互いの物流を繋いで、ロー〇ソンの大人気商品を、うちの店でも買えるように卸してほしいんですわ。──例えば、そう。あの『からあげクン』とかなぁ?」
サカモトは、ニヤァ……と、まさに獲物を罠にハメた狐そのものの狡猾な笑みを浮かべた。
からあげクン──。
ロー〇ソンが世界に誇る、不動の売上トップにして、最強のキラーコンテンツ。その門外不出のレシピと製造技術を、ライバルである最大手セ〇ンに差し出せというのか。サカモトの野郎……完全に俺の足元を見て、一番エグい条件を突きつけやがった。
レシピを渡せば、この世界のコンビニ覇権は完全にセ〇ンに握られるかもしれない。だが、断れば、リゼッタに俺たちの思いを届ける術は永遠に失われる。
激しく葛藤し、頭を抱えて悩む俺の姿を見て、サカモトは立ち上がってパンパンと服の埃を払った。
「まぁ、そんなすぐに血相変えて結論出さんでもええですわ。わしも鬼やおまへん。三日後にまた、ここへ回収にきますわ。それまでに、ええお返事を期待してまっせ」
モカが再びドローンを風呂敷で包み、サカモトの後を追うようにトトトッと運んでいく。
カランカラン、と自動ドアが閉まり、サカモトとモカの気配が完全に店から消え去った後。
俺はレジ前の床の上で、ただ一人、頭を抱えて小さくうずくまることしかできなかった。
「う〜〜〜〜っ………………。どうすればいいんだよ、一体……っ!!」
異世界のコンビニの覇権か、それとも、引き裂かれたリゼッタへの想いか──。
最悪の三日間のカウントダウンが、静かに幕を開けたのだった。




