第39話:店長、苺のパフェと氷点下のスナイパー
「ありがとうございました……!」
レジカウンターの中から、リゼッタが目の前のお客様(魔族)に向かって、いつも以上に刺々しくぶっきらぼうにビニール袋を差し出した。
あまりのドスの利いた迫力と冷気に、そのお客様は引き攣った顔で恐る恐る袋を受け取ると、逃げるようにそそくさと店を後にしていった。
(……う~ん、非常に、非常にまずいぞ……)
俺はレジの横で冷や汗を拭いながら、心中で頭を抱えていた。
こんな恐怖政治のような接客を続けていたら、元の世界なら一発で『グー〇ルの口コミ』に星1の最低評価を付けられて大炎上してしまうレベルだ。ここが異世界迷宮のロー〇ソンで本当に良かった。
アラクネとの「主語を忘れたベッド添い寝事件」以来、リゼッタの機嫌は文字通り地の底まで冷え切っている。何とかして彼女の機嫌を直す、画期的な方法はないだろうか。
「……あ、そうだっ!!」
俺の脳裏に、名案がひらめいた。
昨日、店舗レベル10の恩恵で新しく発注できるようになった、女子ウケ間違いなしの新発売スイーツ──『とれたてイチゴのパフェ』。これだ。どんなに怒れる魔王の娘だって、このフカフカのホイップと甘酸っぱい高級イチゴの暴力には抗えないはずだ。
時計を見れば、時刻は夜の20時。リゼッタが上がるまであと一時間。今渡せば、ちょうどいいデザートになるはずだ。
「待ってろよ、リゼッタ!」
俺は起死回生のチャンスを掴むべく、売り場のスイーツコーナーへと全力で走った。
だが、その『とれたてイチゴのパフェ』はさすがの超人気商品というべきか、すでに棚の奥にたった一個だけしか残っていなかった。
「ふ~……危ねぇ、滑り込みセーフだぜ」
俺はホッと胸を撫げ下ろし、その最後のイチゴパフェに向かって手を伸ばした。
──しかし。俺の指先がプラスチックの容器に触れるまさにその直前、横から遮るようにして、するりと白い滑らかな手が伸びてパフェをかっさらっていった。
「えぇっ!?(素の声)」
俺は驚いて、その手の主の顔を見上げた。
──そして、俺の思考が再びフリーズした。
そこに立っていたのは、昨晩、俺の引きこもり脳の煩悩を深夜0時に激しくかき乱していった張本人──スナック『来夢来人』のアンナちゃんだった。
相変わらずの圧倒的なダイナマイトボディ、そしてそれを一ミリの無駄もなく強調するタイトなラインのボディコンをまとい、妖艶な大人の笑みを浮かべて俺をじっと見つめている。
「あら……店長さん。私、このお店すっごく気に入っちゃったわ」
アンナちゃんが艶っぽく長い髪をかき上げる。途端に、あの夜の香りを思わせるフェロモンむんむんの甘い香水が、ロー〇ソンの店内に一気に広がった。
「あ……あ、ありがとう……ございます……っ」
あまりの至近距離での色香に、俺はあっさりと気圧されて鼻の下を伸ばしてしまう。
「今度、本当にお店に遊びに来てくださいね?」
そう言って、アンナちゃんはカウンター越しならぬ商品棚の前で、俺の手を両手で優しく包み込むように握りしめてきた。
同時に、前かがみになった彼女のブラウスの胸元から、凄まじいボリュームの谷間が俺の視界へダイナミックに飛び込んでくる。俺の純真な視線は、もはや磁石のようにそこへ釘付けとなった。
「は……はいっ……! もちろん、近いうちに絶対行かせてもらいますっ!!」
「うふふ、じゃあねぇ〜」
俺の頼もしい(デレデレの)返言に満足したのか、彼女はひらひらと手をバイバイと振って、そのまま自動ドアから優雅に去っていった。
俺も魂を抜かれたようなアホ面のまま、右手を小さく振り返して彼女を見送る。
カツ、カツ、とヒールを響かせる彼女の豊満極まりないヒップを、自動ドアが閉まる最後の最後まで視線で追跡し──そして、ふと店内に視線を戻した。
「──あ」
正面。レジカウンターの奥から、腕を組んだリゼッタの、この世の全ての光を失ったかのような暗黒の瞳が、真っ直ぐに俺の顔を捉えていた。
視線が、ばっちりと絡み合う。
俺はアンナちゃんに向けて盛大に振っていた間抜けな右手を、ロボットのような不自然な動きでそそくさと下ろし、何事もなかったかのように近くの商品棚の陳列を直し始めた。
(……ヒィィィィィッ!!!)
背中に突き刺さるリゼッタの視線を、ひしひしと、皮膚が焦げるような熱量で感じる。
元の世界で、命を狙われたスナイパーはこんな恐怖を感じるのだろうか? いや、違う。本物のプロのスナイパーは、ターゲットに気づかれないように気配を消すものだ。こんな風に、半径五メートルを瞬時に凍りつかせるような、圧倒的な殺気を垂れ流したりはしない。
「くそっ……完全に、状況が最悪レベルにまで悪化していやがる……っ!」
イチゴパフェで機嫌を取るどころか、浮気の現行犯(※付き合ってはいない)で捕まったような絶望的な空気の中、俺は無心で商品を前出しし続けた。
それから一時間。
静寂と殺気だけが支配する店内の空気は、もはや液体窒素並みの冷たさとなっていた。
壁の時計を見れば、時刻は二十一時──ついに彼女の退勤時間だ。
リゼッタは、いつの間にか事務所の扉から着替えを終えて出てきていた。
「お疲れ様です……」
リゼッタは、一切の感情の起伏を排した、完全なる機械のようなトーンで挨拶を口にし、俺と目を合わせることもなくスタスタと店の出口へ向かった。
「お……おぅ、お疲れ様です……っ」
俺の情けない声の返事と同時に──。
ウィーン、ピロリオリーン♪
いつもはあれほど愛おしかった自動ドアの退店メロディが、今夜ばかりは、どこまでも悲しく、そして不穏に店内に響き渡ったのだった。




