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引きこもりニートのコンビニ籠城生活 〜店から出たら即死な異世界迷宮に、なぜかWi-Fiがつながる店舗ごと転移しました〜  作者: autofocus


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第34話:店長、夜更けのストコンと不完全な参考書

その夜。俺はバックヤードの寝袋に入り損ねたまま、ストコンの前で昼間に起きた出来事を静かに思い返していた。


サカモト──。

あいつは一体、何者なんだ。単なる関西弁の胡散臭い商人じゃない。あの最大手チェーンをバックにつけ、俺の出方を探るためにモカすらも騙して狂言強盗を仕掛ける冷徹さ。一筋縄ではいかない強敵だ。


俺は椅子の背もたれに深く腰を沈め、ぼんやりと白い天井を見上げた。様々な思考とこれからの不安が、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。


ふと視線を机の上に戻すと、液晶の消えたスマホが片隅で静かに佇んでいた。


「……うちの両親は、元気だろうか。チサは、ちゃんとやってるだろうか」


ふと元の世界のニュースサイトでも見ようかと画面に指をかけ──すぐに思いとどまってスマホを伏せた。見たところで、今の俺にできることなんて何もない。


「俺がこの世界に飛ばされたのには、きっと何か訳があるはずだ。この嘘みたいなロー〇ソンが、今の俺の現実だ。だったら、今できることを精一杯やろう。それに……」


そう呟いて、もう一度天井を見上げる。

そこには、天井の梁に器用に糸を編んで、すやすやと気持ち良さそうに眠っているアラクネの寝顔があった。


元の世界ではずっと一人ぼっちだった。だけど、今の俺には、守るべき大切な家族(居候)がいる。

俺はこの世界で、自分の命を燃やす──。静かに、だけど生涯で一番固い決意を胸の奥で固めた。


「よし」


気合を入れ直してストコンに向き合い、本日の売上チェックと明日の発注作業を開始する。

最近は異世界の住人たちの購買傾向が少しずつ分かってきた。データの蓄積に伴って、おのずと発注の精度も上がっている。


「明日は確か、雨が降るって常連が言ってたな。だったら……ホットスナックの補充と、傘代わりの防護マントを少し多めに仕入れておいた方がいいか」


ギギィ……。


作業に没頭していると、バックヤードの扉が開き、静かに誰かが入ってきた。

気配を感じて振り返る。そこに立っていたのは、私服に着替えたリゼッタだった。


「どうしたんだ? もうとっくに帰ったのかと思ってたぞ」


俺の問いかけに、リゼッタはいつもと違ってどこか力なく、弱々しく微笑んだ。そのまま無言で歩み寄ると、俺のそばに置いてあったパイプ椅子を器用に組んで、すとんと腰を下ろした。


「ねえ、マモル。……マモルのお父さんって、どんな人だったの?」


突然、思いもよらない角度からそんな身の上話を振られ、俺は一瞬だけ心臓がドキリと跳ね上がった。

俺の、父親──。

どんな人、だったかな。


思い出すのは、いつも仕立ての良いスーツを着て、険しい顔で数字の並んだ書類を見ていた後ろ姿だ。

俺の父親は、日本の大手証券会社に勤めるエリートだった。とはいえ、よくある創作物の高慢なエリートみたいに、周囲を見下したりバカにしたりするような悪趣味なそぶりは一切ない。ただ……狂ったように、毎日、朝から晩まで忙しく働いていた。


そのおかげで俺の実家は比較的裕福で、子供の頃から金銭的な苦労なんて一度もしたことがなかった。欲しいゲームはすぐに買ってもらえたし、行きたい塾や習い事だって何不自由なく通わせてもらえた。


だけど──近所の友達が、日曜日に父親とキャッチボールをしたり、遊園地に行ったりして笑い合っているのを見るのは、子供心に少しだけ辛かった。俺には、父親と全力で遊んだ記憶が、片手で数えるほども無い。


だから、俺が受験に失敗して三年間引きこもりニートになってからも、父親との距離感には何の変化もなかった。愛されていないと思ったことはない。だけど、部屋の前に置かれた食事のように、怒られることもなければ、褒められることもなかった。ただ、互いに不可侵条約を結んだ他人のように、静かだった。


「う~ん……よくわからないな……」


俺の口から出た曖昧な答えに、リゼッタは意外そうな顔をして目を丸くした。

「よくわからないって……自分の父親のことでしょ?」


「いや、なんて言うか……あまりに関わり合いがなかったというか、会話らしい会話をしてこなかったんだ。だからさ……」


俺はストコンの画面から完全に目を離し、隣に座る黒髪の少女を見つめた。


「だから、リゼッタみたいに、父親の文句を全力で言ってるのを見るとさ……ちょっとだけ、羨ましいって思うんだよ。それだけお互いに、ちゃんと向かい合って接してきたって証拠だろ? 」


「……そんなもん、なのかな」


リゼッタはそう小さく呟くと、きまずそうに視線をふいと斜め下へと逸らした。

横顔に、いつもは見せない微かな陰りがある。


「何か……あったのか?」


俺の問いに、リゼッタは何かを言いかけて口を噤み──すぐに小さく首を振った。


「ううん。何でもないの。ごめんね、夜遅くになんか変なこと聞いちゃって。……じゃあ、私、もう帰るわね」


そう言うと、リゼッタは弾かれたようにパイプ椅子から立ち上がり、そそくさとバックヤードを出て行ってしまった。


パタン、と静かに閉まった扉。

一人、バックヤードに取り残された俺。


……こういう時。こういう時って、やっぱりアニメの主人公みたいに、すぐに後を追いかけて、外の寒さの中で優しく抱きしめたりするべきだったんだろうか。


俺は瞬時に脳内を検索し、かつて受験勉強の時に死ぬ気で丸暗記した、あの分厚い参考書のページを次々と組み替えてみた。数学の公式、英語の構文、歴史の年号──だが、その膨大な知識のどこを探しても、「傷ついた女の子の心の救い方」なんていう答えは、一行たりとも見つからなかった。


「……全然、ダメだな、俺」


俺は一体、何のためにあんなに勉強をしてきたんだろう。

他人の気持ちに寄り添うことも、差し出されたSOSの手を掴むこともできないくせに、ただペーパーテストの点数だけを追い求めていた。今なら、自分が人生の一番大事な受験で失敗した理由が、何となく分かるような気がした。


俺は胸の中に広がるモヤモヤとした苦さを振り払うように、激しく首を横に振った。そして、現実から逃げるようにストコンの青白い画面へと向き直す。


夜は、さらに深く、静かに更けてゆくのだった。

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