第32話:店長、雪原の計算式と覗き魔の再犯
ゴーグル越しに広がる、どこまでも代わり映えのしない真っ白な大雪原。
コントローラーを握る俺の指先に合わせて、ドローンは猛スピードで白銀の世界を突き進み、やがて見覚えのある一軒の建物の前へとたどり着いた。
「ここで、だいたい三キロか……」
俺がポツリと独り言を呟いた、その瞬間だった。
「そうね。……今日は、寄り道しなくていいのかしら?」
真後ろから、リゼッタが低く冷ややかな声で、皮肉をたっぷりと込めて聞いてくる。
……この女、本当に根に持つタイプだな。あの覗き魔未遂事件から、さらに生着替えワンパン、カニの角刈り事件を経て数日は経過しているというのに、未だに俺のドローン操作を完全にマークし続けていやがった。
俺は背中に伝わる刺さるような視線を完全に無視し、何食わぬ顔でドローンを操作し続ける。
画面の隅──あの雪原の民家の二階の窓が、今日もあの日と同じように、ほんの少しだけ開いているのが視界に入った。
俺はドクドクと高鳴り始めた己のピュアな鼓動を絶対に悟られまいと、必死に平静を装いながら口を開く。
「おいモカ、この家を起点にして、ここからどちらの方向に向かえばいいんだ?」
そう言いながら、俺は指先を極めて繊細に動かし、ドローンを巧みに操作して、その半開きの窓の中がギリギリ視界に収まる絶妙な角度をキープした。
「……モカ? どうした、どちらに向かうんだ?」
俺は最初から知っている。モカはバカだ。俺のこんな抽象的な質問に、すぐさま正確な方角で答えられる知能など持ち合わせているわけがない。
俺はそれを百も承知の上で、あえてモカに質問を浴びせている。──なぜかって?
フッ……それは、この家の周りを無駄に旋回するための、完璧な『時間稼ぎ』さ。
数日ぶりではあるが、今はちょうど、あの日覗きに失敗した時間とほぼ同じ時間帯。そして、同じように意味深に開けられた二階の窓。ここから導き出される答え(イベント)は、男として一つしかあり得ない。
あとは、このポンコツ妖精を使って、いつまで自然に時間を稼げるか……それだけだ。
「おい! モカ!! 早くしてくれ、サカモトの命がかかってるんだ! 時間がないぞ!!」
俺はわざとらしく焦るフリをして、モカを言葉で激しく追い詰める。
そう……人間も魔族も、追い詰められれば追い詰められるほど冷静な思考を失い、混乱してフリーズするものなのだ。これぞ引きこもり心理学。
チラリ。窓の奥に、うっすらと女性の影が見えた。
俺はストコンの画面に表示されているドローンの現在の時速と、この民家のおよその外周を瞬時に割り出し、脳内で完璧な軌道計算を行う。
よし……このタイミングだ。
俺は弾き出したミリ単位の速度で、ドローンを滑らかに民家の周りで旋回させた。
カメラの視界に、開いた窓の中がダイナミックに写り込む。
──いた! 数日ぶりに見る、あの部屋の女性だ……!!
キーワードは完全再現。まさに今、上着のボタンに手をかけて、それを──。
ガシッッッッッ!!!!!
「うわぁっっ!!!???」
あと数ミリで桃源郷が見えるというその刹那、強引極まりない力で頭からゴーグルを引っぺがされた。
不意に光を取り戻した俺の目の前にあったのは、般若も裸足で逃げ出すレベルで、冷酷に据わりきったリゼッタの超ドアップの顔だった。
「ねえ……サカモトのコンビニは、ここから『西』にあるんでしょ? さっさと西に進路を取りなさいよ、エロ店長」
「……あ、ああ……そう、だな……。西だな……」
凍りつくような威圧感の前に、数日越しの哀しき野望は一瞬で塵へと帰した。
……この、アマ……ッ!! あと一秒、あと一秒あれば歴史の扉が開いたっていうのに……っ!!
俺は涙目で血涙を流しつつ、しぶしぶコントローラーを動かしてドローンの進路を西へと向けた。
それからのドローンは、俺の荒んだ心を乗せて、真っ白な雪原の上を何事もなく滑るように進んでいった。
最大通信距離の限界が近づき、画面に焦りが出始めたその時──ゴーグルが捉える視界の遥か先方に、この異世界には絶対に存在してはならない、あまりにも見慣れた形状の『四角い建物』の輪郭が、くっきりと写り込んできた。




