第30話:店長、気合いの覚醒と不条理なステップ
「へい! らっしゃい!!!」
「ありがしたーっ!!」
テキパキと、かつてないほどのハキハキとした大声でレジをこなしていく俺を見て、常連のお客(魔族)の一人が、袋詰めをしていたアラクネにヒソヒソと話しかけた。
「……なぁ、店長なにかあったのかい? なんだか急に、雰囲気がガラッと変わったねぇ……」
アラクネはそれには答えず、ただ口元を押さえてケラケラと笑っている。
俺はそんな周りの雑音やクスクス笑いを一切気に留めず、ひたすら目の前の仕事に全神経を集中させていた。
──集中しろ。仕事に集中するんだ、俺……。
俺は心の中で、自分自身に強く言い聞かせる。
髪型がどうなったって、リゼッタの俺への秘めたる思い(※激しい勘違い)は変わらないはずだ。外見のちょっとしたマイナーチェンジくらいで揺らぐような、そんな軽い気持ちで彼女はここに居着いているわけじゃない。きっと、そうだ。
怒涛の昼のピーク時間をなんとかさばき終え、俺はアラクネと一緒に少し遅めの昼食をとることにした。
「ふぅ……今日は一段と忙しかったなぁ~」
「うん」
「おっ、アラクネは新商品の梅おにぎりにしたのか。どうだ? 美味しいか?」
「うん」
アラクネの返事が妙にそっけない。……というか、アラクネはさっきから、頑なに俺の顔を見ようとしない。
「いや~、しかし今日の発注はなかなか上手くいったと思うんだよな。気候に合わせてカルビ弁当をいつもより多めに入れといて大正解だったよ」
「うん」
──おかしい。
俺は弁当を食べるふりをして、下を向いていたアラクネの前に、座ったままガバッと突然顔を突き出した。
「なんでさっきからこっちを見ないんだよ!」
「──っ」
強制的に、俺とアラクネの目が正面からばっちりと合う。
一瞬の静寂の後、アラクネの華奢な肩が、みるみるうちに小刻みに震え出した。
「ひっ……ひっ、ひっ、ひーっ!!! もう無理、我慢できないぃぃぃっ! 店長の頭、面白すぎるよぅ!!」
アラクネは食べていたおにぎりを落としかけ、お腹を抱えて、目に大粒の涙を浮かべながら大爆笑を始めた。
俺は無言のまま静かに立ち上がると、お弁当を置いてバックヤードから店内の売り場へと出た。
……笑えよ、アラクネ。俺は、もう何も感じない。
俺は能面のような無表情のまま、店内を歩いてモップがけを始める。
ウィーン、ピロリオリーン♪
タイミングよく、愛おしい入店音が店内に鳴り響いた。
「へい! らっしゃい」
俺はお客様を迎えようと、いつものクセでハキハキとレジ横まで歩いていく。
「おはよう、店長」
聞き覚えのある凜とした声に顔を上げると、そこにはちょうど出勤してきたばかりのリゼッタが立っていた。
あ、そうか、もうリゼッタの出勤時間だったな。
そんなことを思いながら、俺は「おう! おはよう!」と言って、いつも通りにこっと爽やかに笑いかけた。
リゼッタと、俺の視線が正面から絡み合う。
その刹那、リゼッタの目が一瞬点になり、もののコンマ数秒で不自然にスッと右側へ視線を逸らした。
俺は「どうした?」と聞きながら、リゼッタの視線の先(右側)へと素早く身体を移動させた。
リゼッタが、今度は弾かれるように反対の左側へと視線を逸らす。
俺も即座に、左側へとステップを踏んで移動する。
「どうした?」
リゼッタは引き攣った顔のまま、またしても視線を右へと逸らす。
俺も再度、その正面へと横移動で回り込む。
「どうしたんだよ、リゼッタ」
三度目。俺が執拗にリゼッタの視界のド正面へと先回りした瞬間、ついにリゼッタの綺麗な肩が、限界を迎えたようにガタガタと小刻みに震え出した。
「ひーっ!!!! も、もう勘弁してよおぉぉぉぉぉぉ!!! お願いだから私の視界に入らないでぇぇぇぇっっっ!!!」
あのクールで気高き魔王の娘が、目に大粒の涙を浮かべ、お腹をボコボソに殴られたかのように抱えながら、その場に崩れ落ちて悶絶している。
俺の顔から、完全に笑みが消え失せた。
…………わらえよ、リゼッタ。
結局、彼女たちが俺のニューヘアスタイル(完璧な角刈り)に対して、一切笑わずに普通の態度で接してくれるようになるまで、そこから数日の時間を要したのだった。




