第3話:ニート、未知との遭遇と究極の命乞い
夢を見た。
まだ小さかった頃、家族みんなで遊園地に行った時の夢だ。
あの頃はよかったな。受験勉強も、周囲からのプレッシャーも何もない。ただ純粋に、毎日が楽しかった。
俺は……一体いつから、あんなに他人の目を気にするようになってしまったのだろう。
うっすらと視界が開けていく。
ぼやけた意識の向こうに、白い天井が姿を現した。
もしかしたら、マグマも地獄も、全部悪い夢だったんじゃないか?
そんな淡い期待は、網膜に映り込んだコンビニ特有の無機質なジプトン天井によって、無残にも打ち砕かれる。
「やっぱり……現実か……」
がっくりと項垂れ、そう呟いたところで、俺は自分の身体に異変が起きていることに気がついた。
……動かない。
「なっ……なんだ、これ!?」
指先は辛うじて動くが、手足が完全に固定されていて身動き一つできない。
俺は恐怖に駆られながら、必死に首だけを起こして自分の身体をまじまじと見つめた。
衣服の上から、粘り気のある白い糸で全身をぐるぐる巻きにされていた。まるで繭のようだ。
「なんだこれは……まるで蜘蛛の……」
そこまで口にした瞬間、気絶する直前の記憶がフラッシュバックする。
バックヤードの天井からぶら下がってきた、あの巨大な異形の影。暗がりで怪しくギラギラと光っていた、複数の目。
そして、目の前にある、この強靭な蜘蛛の糸。
これらの事実が脳内で一本の線に繋がり、最悪の結論を導き出したその時──。
ぬっと、横から俺の視界に『何か』が顔を出した。
「ひっ、いいいいいッ!!!!」
俺は情けない悲鳴を上げ、芋虫のようにのたうち回りながら、必死に床を這って逃げようとした。
だが、その『何か』は、俺の動きを先回るようにして行く手を塞ぐ。
「あんた……おいしいの?」
そこにいたのは──蜘蛛の、少女だった。
透き通るような白い肌。細く絡まりそうな銀色の髪。眠たげで気怠げな瞳。
上半身だけを見れば、世の男たちが放っておかないレベルの儚げな美少女。だが、その背後には、禍々しい蜘蛛の多脚が蠢いている。
「あんた……おいしいの?」
デジャヴか。まったく同じ質問を、少し低めのダウナーな声で重ねてくる。
俺の頭の中は完全にパニックを起こしていた。だが、大学受験の手前までは『地域の秀才』ともてはやされた我が頭脳が、生存本能に突き動かされてフル稼働を始める。
ここで「はい」と言えば当然喰われる。だが「いいえ」と言って「じゃあ用済み」と殺される可能性は? 相手の意図はなんだ? 蜘蛛の生態から考えるべきか、それとも──!
「おいしくは……ないです……。引きこもりなので、肉もブヨブヨで、全然、おいしくないです……っ!」
必死の弁明のあと、数秒の、気の遠くなるような沈黙が流れた。
少女は俺の全身を品定めするようにじっと見つめたあと、コテリと首を傾げた。
「あっそ。でもいいや。お腹減ってるから」
感情の起伏がない声で冷酷に言い放ち、少女がゆっくりと口を開ける。
その瞬間、人間の美少女のそれとは明らかに違う、可愛い顔に似合わないほど異常な広がり方を見せる口内が露わになった。奥でギラリと光る鋭い毒牙が、俺の肉を切り刻むために待ち構えている。
「ま、待ってください!!!! おいしい物!!! あります!!!! ここに、これ以上ないくらいおいしい物がたくさんありますからぁぁぁぁ!!!!」
引きこもり歴三年。
誰とも話さず蓄積されていた全エネルギーを喉に集中させ、俺は人生で一番大きな声を張り上げた。




