第2話:ニート、聖域の在庫確認と不穏な足音
俺は早速、手元のスマホでニュースサイトを開いた。
住宅街のコンビニが建物ごと丸ごと消失したんだ。今頃ネット上は大騒ぎ、トレンドも緊急ニュースもその話題で一色になっているはず。
……だが、どれだけ画面をスクロールしても、そんなニュースはどこにも見つからない。
「おかしいな……」
いくらなんでも、コンビニが一夜にして消えてニュースにならないなんてあり得ない。
ということは、向こうの世界では何事もなかったかのように、あの気だるそうな大学生が今も店番をしているのだろうか。
「待てよ……だとしたら、俺の存在はどうなる?」
まさか、向こうの世界には『新しい俺』が何食わぬ顔で入れ替わって生活しているなんてホラーなことは……ないよな, うん。
親は一週間は旅行から帰ってこない。そこからさらに、引きこもりの俺が部屋にいないと気づくまでには、相当な日数がかかるはずだ。
真相がわかるのは、当分先になりそうだった。
「さて……」
俺は気を取り直して立ち上がり、店内の状況をチェックすることにした。
これからプロの引きこもりとして本格的に籠城するにしても、食料の正確な総量は把握しておかなければならない。助けが来るまで……いや、来る保障なんてどこにもないのだから、計画的に食いつなぐ配分を考えないと。
「唐揚げ弁当が一つに、豚の生姜焼き弁当……ラーメンに、サンドイッチ……。賞味期限を考えたら、足の早い生ものから食べるのが鉄則だな」
ブツブツと独り言を言いながら店内を回る。
しかし、これだけクーラーが効いていてWi-Fiも生きているということは、電気はどこからか供給されているらしい。
じゃあ、命綱である『水』はどうだ?
俺はレジの後ろにあるスタッフ用の流し台へ向かい、水道の蛇口をひねった。
ジャァァァー。
心地いい音を立てて、透明な水が勢いよく流れ出る。
「よかった……! 水が出なきゃ引きこもり生活も始まらないからな」
改めて、ガラス越しに外の景色を眺める。
ドロドロと煮えたぎるマグマの河。まさに教科書通りの地獄だ。
俺はもう一度、「絶対にこのコンビニから出ない」と固く胸に誓った。
ガタンッ!!!
その時、静まり返った店内に、バックヤード(従業員室)の奥から大きな物音が響いた。
ヒッ、と短い悲鳴が喉の奥で跳ねる。全身がガタガタと震え上がった。
誰もいないと決めつけていたが、よく考えたらバックヤードの生存確認はまだしていない。
外が地獄のような世界だ。もしかしたら、すでに狂暴な化け物が中に侵入している可能性だってある。
俺は床に置いてあったモップを武器代わりに固く握りしめ、恐る恐る、忍び足でバックヤードの扉へと近づいた。
ドアを数センチだけ、そっと開ける。
わずかな隙間から中を覗き込むと、蛍光灯の明かりが室内を眩しく照らしていた。
奥には発注用のストアコンピューターと電話機。それから、在庫の商品が詰め込まれた段ボールがうず高く積み上がっている。さらにその隣には、バックヤードの搬入口となる重い扉が見えた。
俺は意を決して、中へ一歩を踏み出す。
「……誰も、いない?」
静まり返った室内。拍子抜けするほど静かだった。
どうやら、絶妙なバランスで積まれていた段ボール箱が、自重で崩れ落ちただけのようだった。
「ふぅー……びっくりさせやがって」
緊張の糸が切れた瞬間、急に強烈な恥ずかしさが込み上げてきた。何を一人でビビっていたんだ。
誰もいないことが完全に分かった途端、俺の心の中に「ニート特有の謎の全能感」がムクムクと湧き上がってくる。
俺は近くにあった空の段ボール箱を、ガンッ!と勢いよく蹴っ飛ばした。
「チッ、残念。誰か泥棒でもいたら、ボコボコにしてやったのになー」
誰もいないバックヤードに向かって、聞こえもしない大声で虚勢を張る。
引きこもり歴三年、イマジナリー喧嘩なら負けなしの俺様を驚かせた罪は重いぞ、と。
──シュッ。
その時、勝ち誇る俺のすぐ目の前に、天井から『何か』が高速で滑り降りてきて、ピタッと静止した。
それは、細く、白く、どこか強靭な──蜘蛛の糸。
「え……?」
呆然とそれを見つめた瞬間、糸の張力で頭上の空気が爆発的に揺れた。
恐怖のあまり、恐る恐る、ゆっくりと顔を天井へ向ける。
そこには──薄暗い天井の配管に器用に手足を絡ませ、こちらをじっと見下ろしている『巨大な異形の影』があった。
暗がりの中で、怪しくギラリと光る複数の眼。
「ひっ……あ、あ……」
悲鳴すらまともに出ない。
イマジナリー喧嘩最強のニートの思考は、今度こそ完全に停止した。




