第22話:店長、三秒の冬とおでんの聖域
それから数日が経った。
相変わらず、ネットのどこを検索しても俺の行方不明ニュースは出てこない。いよいよ「向こうの世界には、俺の代わりに何食わぬ顔で生活している別の俺(偽物)が存在している」という説が、本格的に現実味を帯びてきたな……。
そんなオカルトな思考を巡らせながら、俺はレジカウンターで頬杖をつき、ガラス窓の向こうの外の景色を眺めていた。
ふと、今まであまり意識したことがなかったが、外の景色に若干の変化が見られることに気づく。
常にドロドロとした不気味な蒸気が立ち込め、圧倒的な熱を帯びていた赤黒い大地が、今は妙に大人しく、落ち着いているように見えるのだ。
「……もしかして、この地獄みたいな異世界にも『四季』があるのか? だとしたら、もしかして今なら少しは外に出られたりするんじゃ……」
引きこもり、一週間の快挙。
俺は好奇心に駆られ、恐る恐る自動ドアの前に立った。センサーが反応し、ウィーンと扉が開く。
「よし、一歩だけ──」
靴の先が敷居をまたぎ、外の大地へと踏み出した──その瞬間。
俺は自分の考えの浅はかさと、異世界の洗礼というやつを文字通り身をもって思い知らされることになった。
「さッッッ!!!!!! さみぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!!!(ガチ絶叫)」
皮膚という皮膚が痛い! 痛いっていうか細胞が死ぬ!
熱気が収まったんじゃない、大地ごと絶対零度の極寒へと急降下していたのだ!
「アラクネ!!!!! アラクネェェェェェェ!!!」
俺は悲鳴を上げながら、全速力で店内の床へと転がり込み、喉がちぎれんばかりの声で居候バイトの名前を叫んだ。
「ふわぁ……どうしたの、店長?」
バックヤードから、呑気にあくびをしながらアラクネがゆっくりと俺の元へ歩いてくる。
「お湯! お湯だ!!! レジ横のポットの熱湯を、今すぐ俺の身体にぶっかけてくれ、早くっ!!!」
「ん、わかった」
アラクネは表情一つ変えず、言われた通りに電気ポットを持ってくると、凍りついている俺の背中に向かって、ドバドバと容赦なく熱湯を注ぎ込んだ。
「あっちぃぃぃぃぃぃ!!! いや、でも生き返るぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
お湯の熱気で湯気を上げながら悶絶する俺を見て、アラクネは呆れたようにクスクスと笑いかける。
「無理だよ、店長。この迷宮の最深部は、これから『冬』になるんだから。人間の店長が外に出たら、三秒でカチコチに凍っちゃうよ?」
「知ってる!!! 今まさに体感したからな!!! もう右半身が半分くらいシャーベットになってたからなっ!!!」
ケラケラと楽しそうに笑うアラクネの姿を見ながら、俺は冷え切った身体を震わせた。
……やっぱり、こいつらはまともじゃない。
最近、一緒にご飯を食べたりして仲良くなりすぎて完全に麻痺していたが、こいつらはこの極寒の環境でも平気で生きていられる『化け物(魔族)』なんだってことを、改めて思い出させられる出来事だった。絶対に外には出ない。俺は一生このロー◯ソンの中に引きこもる。
◇
ポットのお湯による荒療治で何とか解凍された俺は、タオルで濡れた身体を拭きながら、ふと閃いた。
待てよ。この世界にそんな極端な『冬』があるっていうなら──冬のコンビニの、あの「最強の定番商品」が、爆発的に売れるんじゃないか!?
「これだ……っ!」
俺はすぐにバックヤードへと駆け込み、ストコンの発注画面を開いて、特定のカテゴリーのボタンを力いっぱいクリックした。
後ろから不思議そうにトコトコとついてきたアラクネが、首を傾げて尋ねてくる。
「店長……画面をニヤニヤ見ながら、何を頼んだの?」
「ふふふ、楽しみにしとけ」
俺はあえて正体を明かさず、不敵な笑みを浮かべてみせた。




