第21話:店長、数年遅れのタイムカプセルと新しい決意
俺はパニックに陥りそうになる思考の中で、ただ呆然とスマホの画面を凝視し続けた。
あり得ない。いくらなんでもあり得ない。
メッセージの上にある『受信日付』の表示を見た瞬間、俺の身体は完全に硬直した。
そこに記載されていたのは──忘れもしない、三年前のあの日。
大学受験に失敗し、自分の人生の全てが終わった絶望の夜。世界中の誰も彼もが敵に見えて、スマホの電源を乱暴に切り、毛布を頭から被ってベッドに潜り込んでいた、まさにその瞬間の時間だった。
あの晩。俺が暗闇の中で一人、勝手に世を儚んで殻に閉じこもっていたまさにその時、チサは俺のことをずっと心配して、このメッセージを送ってくれていたんだ。
じわりと、目頭が熱くなるのを見届ける。
溢れてきた涙が頬を伝った。これが何の涙なのか、自分でもすぐには分からなかった。悲しいのか、嬉しいのか、それとも恥ずかしいのか──いや、その「全部」だなと、すぐに思い直した。
チサの優しさが嬉しくて、当時の孤独が悲しくて……そして何より、そんな彼女の心配も知らずに三年間も部屋に引きこもり続けていた、自分の情けなさが心の底から恥ずかしい。そんな、色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合った涙だった。
俺は袖で涙を拭うと、まだ少し震える指先で、画面に返信メッセージを打ち込んだ。
『遅くなってごめん。俺は今、異世界のロー◯ソンで店長をやってる。元気に生きてるよ』
一文字ずつ、今の俺のありのままを込めて、送信ボタンを押す。
ピピッ。
しかし、画面に非情に表示されたのは──【送信失敗:電波が届きません】の文字だった。
「……やっぱり、そう甘くはないか」
何かの拍子にメッセージを受信することはできたが、こちらから現実世界へ送信することはできないらしい。
考えられることと言えば、このコンビニで唯一、日本の現実世界とリアルタイムで接続されている『発注システム(ストコン)』の強力な通信網が、たためま俺のスマホに一時的な影響を与えて、過去の未受信データを引っ張ってきたのだろう。
だが、逆に言えば──この発注システムの仕組みや魔力の流れさえ完全に理解できれば、いつかは現実世界と双方向の連絡を取ることも……いや、元の世界に戻る方法だって、見つけられるかもしれない。
異世界に飛ばされてから今まで、そんなことは一度も考えたことがなかった。この無敵の聖域で、可愛い女の子たちに囲まれて、一生プロニートとして籠城ライフを決め込もうとすら思っていた。一度だって、現実世界に帰りたいなんて思ったことはなかったのに。
だけど、今は──ほんの少しだけ、元の世界に帰りたい、チサにちゃんと顔を見て謝りたいという気持ちが、胸の奥から静かに湧き起こっていた。
「ふにゃぁ……」
その時、バックヤードの天井から間抜けた声がして、お気に入りの限定美少女抱き枕を抱えたアラクネが、モカと一緒にパタパタと床に降りてきた。
「うおっ!?」
俺は慌てて涙を拭い、スマホをズボンのポケットへと押し込む。
「ねえ! お腹空いたんだけど!」
バックヤードに降りるなり、モカのやつが朝から不機嫌エネルギー全開で噛みついてきやがった。
「お前なぁ……。まぁいいや、今日だけは特別だ。朝飯は店内の棚から、好きな弁当を選んで食っていいぞ」
「えっ、ほんと!? ──……ちょっとあんた、急に優しくなって、わたしに何か良からぬ下心でもあるんじゃないでしょうね!?」
モカは一瞬目を輝かせたものの、すぐに不信感を露わにして、小さな両手で自分の身体を隠すようにして後ろに下がった。自意識過解消な妖精め。
「馬鹿野郎! 気が変わらないうちに、さっさと行って食ってこい!」
「言われなくてもそうするわよっ!」
俺が手を振って促すと、モカは嬉しそうにパタパタと、バックヤードの扉を抜けて店内の売り場(お弁当コーナー)へと飛んでいった。現金な奴だ。
それを見送っていると、残ったアラクネが、俺の顔をじっと覗き込んできた。
「店長……なんか、嬉しそう。店長が嬉しいと、わたしも、うれしい」
アラクネはそう言って、おにぎりのような形の、本当に無邪気で優しい笑顔を浮かべた。それからモカの後を追うように、トコトコと扉を開けて店内へと歩いていく。
「……あいつらには、本当に敵わないな」
二人が出て行ったあと、俺はバックヤードの扉の前にかけてある、小さな身だしなみチェック用の鏡に映った自分の顔を見た。
寝不足で少しクマはあるものの、三年間、実家の自室の鏡で見ていたあの死んだ魚のような濁った目の男は、そこにはいなかった。久しぶりにまじまじと見た自分の顔は、心なしか、とても明るく前を向いているように見えた。
「よし……!! 今日も一日、頑張りますか!」
俺は両手で自分の両頬をパチンッ! と強く叩き、気合を注入する。
そして、新しく胸に宿った小さな決意を抱きしめながら、バックヤードの扉を思いっきり、勢いよく押し開いて店内へと向かった。




