第14話:店長、虚勢のシャドーボクシングとガチ泣きの懇願
チッチッチッチッ……。
無機質な壁時計が秒針を刻む音だけが、不気味に静まり返った店内に響き渡っている。
棚の奥から聞こえる怪しげな物音に、俺の精神はすでに限界を迎えようとしていた。
「あ、あ〜……! そういえば、今日はボクシングの練習をするのをすっかり忘れてたなぁ!」
俺はあえて、誰もいない店内に向かって通りがいい大声を張り上げた。
そして、今人生で初めてやる『シャドーボクシング』を、レジカウンターの中でブンブンと必死に始めた。風を切る拳の音が虚しく響く。
「そ、そういえば昔、こんなことがあったな〜! 夜道で俺を襲おうとしてきたガラの悪い不良どもを、俺のこの自慢の右ストレート一発で、全員KOしてやったっけなぁ!」
ガタンッ……!
「ひっ……!」
短い悲鳴が喉から漏れる。さらに大きな音が返ってきた。
め、めげるな俺! 強気で行け!
「あ、あっ……あの時の不良ども、地面に這いつくばって、ワンワン泣きながら俺に謝ってたっけなぁ……!」
ゴトンッ!!!
「ひっ、いいっ……!」
一体何なんだ! 俺の必死のボクシングエピソードが、姿の見えないナニカに全く効いてねえ……!
むしろ、人生で初めてやった急なシャドーボクシングのせいで、恐怖とは別ベクトルの激しい動悸と息切れがしてきた。体力がなさすぎる。
だが、そっちがその気ならこっちにもまだ考えがあるぞ。
俺はちらりと不気味な商品棚の奥を見回してから、さらに声を張り上げた。
「そ、そういえば、そろそろ時間だっけか? あいつらがこの店に遊びに来るのって」
あいつら。そう、うちの店が誇る狂暴なツートップ、アラクネとリゼッタのことだ。
「あいつら、本当に血の気が多くてやんちゃだからなぁ〜! あいつらが店に来てる間は、他のお客さんを中に入れないようにしとかないと、すぐに喧嘩が始まって相手を血祭りにあげちゃうからなぁ〜!」
ドスンッ!!!!!
「ひいいっ……!!!」
今度は棚そのものが大きく揺れるような、重い衝撃音が響いた。脅しをかけたせいで、向こうの怒りを買った気がする。
「も、もっ……もしも、そこに誰かいるなら、今のうちに帰った方が身のためかも、しれないなぁ〜……!」
…………。
シーンと、静まり返る店内。何も反応がない。
自分の心臓の音だけが、耳の奥で爆音で鳴り響いている。
……。
……いや、もう無理。限界だ。
「ていうか……帰ってください!!! 怖いです!!!!! お願いですから本当に帰ってくださいぃぃぃぃ!!!!!」
俺はプライドも全能感もすべてゴミ箱に投げ捨て、我慢できずに半泣きになりながら、姿の見えない棚の奥に向かってレジ裏でペコペコと何度も頭を下げた。
元受験生ニート、幽霊(?)相手にマジの敗北宣言である。
し〜ん……。
懇願したあとは、再び痛いほどの静寂が店内を包み込んだ。
相変わらず、時計の針だけが非情に時を刻んでいく。
パチパチ……パチパチ……。
突如、それまで売り場を明るく照らしていた天井の蛍光灯が、苦しそうな音を立てて激しく点滅を始めた。
光と影が交互に高速で入れ替わり、店内の見慣れた景色が、一瞬ごとに禍々しいホラー空間へと変貌していく。
時刻は午前二時半。
アラクネもリゼッタもいない孤独なコンビニで、俺は先ほどよりも遥かに、絶望的なまでに追い込まれていた。




