第13話:店長、聖域の孤独と深夜の怪奇現象
翌朝。
昨夜の醜態を思い出すと死にたくなるが、なんとかアラクネのじと目を「ただのゲーム画面のバグだよ!」と必死に誤魔化し、俺は新しく届いた『白鳥あい写真集』を店頭の雑誌コーナーの棚へと滑り込ませた。
どうせ客なんて滅多に来ない店だ。今日の夜勤の時にでも、レジ裏でこっそり青春の続きを堪能させてもらうとしよう。
朝の品出しと補充を終え、俺はいつものようにレジカウンターの後ろに置いたパイプ椅子に腰掛けた。ポケットからスマホを取り出し、ニュースサイトのチェックをする。
俺がこのコンビニごと異世界に飛ばされてから、今日で四日が過ぎた。
当然、ネットのどこを探しても、俺の行方不明に関するニュースは一つもない。
「まあ、親は旅行が一週間って言ってたからな……」
そう強がってはみたものの、旅行中だとはいえ四日間も息子から一度も連絡がないのに、特に怪しんでもいないだろう両親のことを考えると、胸の奥に少しだけ、ちくりとした寂しさがこみ上げてきた。
お昼の十二時を回った頃、バックヤードからいつものようにアラクネが起きてきた。
こいつは本当に、時間通りに毎日遅刻して寝坊してくるやつだな。
だけど、そんな姿を見ながら、今の俺は「誰かがそばにいてくれること」に、確かな喜びを感じている自分に気がついた。
それは、かつて実家で引きこもりをしながらも、いつでも隣の部屋に両親がいてくれた時の安心感と同じだった。
結局のところ、人間ってやつは、たとえニートであろうと一人きりでは生きていけない生き物なのかもしれない。
そんな、ちょっとセンチメンタルな思考に浸っていた俺に、アラクネが信じられない一言を投げかけてきた。
「店長……わたし、しばらくおうちに帰ることにするね」
「なっ……! どうしたんだよ急に!?」
心臓がドクリと跳ねる。
まさか、昨日のエッチな写真集の件を実はめちゃくちゃ怒っていて、愛想を尽かされてしまったのだろうか。俺の頭の中は一瞬で大パニックに陥った。
「ううん、違うよ。長い間お店にお泊まりしちゃったから、里のみんなが心配してると思うの。……また、すぐに帰ってくるから」
「そっ……そう、だよな」
冷静になってみれば、アラクネにだって帰るべき家族や友達、コミュニティがあるはずだ。こんな異界のコンビニに、ずっと縛り付けておくわけにはいかない。
俺の引きつった顔を見て、アラクネは何かを察したのか、いつもより少しだけ大人びた優しい微笑みを浮かべた。
「ちゃんと帰ってくるから、大丈夫だよ。店長」
「おう……っ! 梅おにぎり、たくさん発注して用意して待ってるからな!」
「ん。約束」
アラクネは小さく手を振ると、自動ドアをくぐって外の赤黒い岩肌へと消えていった。
一人きりになった、広い店内。
静まり返った空間で、あれほど楽しみにしていた白鳥あいの写真集も、今はなぜだか全く開く気になれなかった。リゼッタもお見合いの件があるからか、今日も姿を見せない。
俺はレジカウンターの中で、ただ意味もなくスマホの画面をスクロールして時間を潰した。
実家で引きこもっていた時は、一週間誰とも話さなくたって何ともなかったのに、今はどうしようもないくらいに──無性に寂しかった。
俺は深くため息をつき、ガラス窓の向こうの外の景色を眺める。
相変わらずドロドロとマグマが煮えたぎる、最悪の地獄絵図だ。間違っても「寂しいからちょっと外へ散歩に出よう」なんて思える環境ではない。やっぱり俺は、この店から出ない。
手持ち無沙汰になった俺は、何か少しでも暇つぶしになるものはないかと雑誌コーナーへ向かい、一冊のコミック本を抜き取ってきた。
タイトルは『本当にあったコンビニホラー実話集』。
「ふん、馬鹿馬鹿しいな……」
オカルトなんて非科学的だと鼻で笑いながらも、他にやることもない俺は、その不気味なタッチで描かれた漫画のページを、食い入るように読み耽っていった。
◇
「ーーーーワオォォォォォンッ!!!」
遠くで響いた地獄の魔獣の遠吠えに、俺はビクッと身体を震わせて目を覚ました。
どうやら、レジ裏の椅子に座ったまま、いつの間にか眠り込んでしまっていたらしい。
壁の時計を見ると、時刻は夜中の午前二時。
最悪な体勢で固まっていたせいで、腰に激痛が走る。俺は顔をしかめながら立ち上がり、固まった身体をほぐすように大きく伸びをした。
その時だった。
ガタッ……。
静寂に包まれた店内のどこかから、確かに『何か』が動いたような異音が響いた。
ゾワゾワッ……と、背筋に鳥肌が立ち、冷たい感触が頭皮まで駆け上がる。
昼間に、あんな変なホラー漫画なんて読むんじゃなかった。完全にそのせいだ。ただの気のせいに決まっている。
ガタンッ……。
また音が鳴った。今度は、さっきよりも確実に大きな音だ。
音のした方向は──誰もいないはずの、商品棚の奥。
「なんだよ……勘弁してくれよ……」
心臓が早鐘を打ち始める。外のマグマの熱気すら届かない無敵の聖域のはずなのに、冷や汗が止まらない。
ガタガタタンッ!!!
今度は、棚の商品が激しく揺れるような、明らかな異常音が深夜の店内に響き渡った。
アラクネはいない。リゼッタもいない。サカモトも来ない。
完全なる隔離空間、午前二時のロー〇ソン。
逃げ場のない恐怖の夜が、今、幕を開けようとしていた。




