第12話:店長、深夜の密輸と究極の防衛線
店内の清掃を終えて、俺はふと壁の時計を見上げた。針はちょうど、午前零時を指している。
俺はどくどくと高鳴る気持ちを必死に抑えながら、バックヤードへと向かった。
バックヤードの扉を、音を立てないようにソーッと開け、まずは天井を確認する。
よし。アラクネは昨日買ってやったお気に入りの限定美少女抱き枕をギューッと抱きしめたまま、天井の糸の巣ですやすやと眠っている。
「よし……計画通りだ」
俺はアラクネを起こさないように、忍び足でストアコンピューターの前まで歩き、椅子に腰掛けた。電源を入れる。青白い光を放ちながら画面が立ち上がるのを待つ間、俺の胸の鼓動はさらに速くなっていった。
なぜ、俺がこんな深夜にスパイのような隠密行動をしているのか。
──話は、十時間前にさかのぼる。
異世界のコンビニは、現実世界のコンビニのようにお客がひっきりなしに来ることはない。むしろサカモトのようにふらっと人間が来ることの方が珍しく、基本的にはからあげクンを買いに来る魔王の娘・リゼッタくらいのものだ。
そのリゼッタも、今日は城で本格的なお見合い(旦那選び)の予定があるとかで、一日中来ないらしい。
俺は完全に行き届いた店内で暇を持て余し、レジカウンターの中でスマホを眺めていた。その時だった。
「なっ……なんだって、いいいいいい!!!!!!(心の絶叫)」
俺はスマホの画面を二度見した。ニュースサイトのトップページに記載された、あまりにも衝撃的な電撃ニュース。
【清純派アイドル・白鳥あい、ダイナマイトボディを初披露! 初のグラビア写真集発売決定!】
「あいちゃんが……グラビアだと……っ!?」
俺は震える指で迷わず記事をタップした。
そこに載っていたのは、清楚な笑顔がトレードマークの彼女が、まさかの水着姿を披露しているという奇跡の記事だった。
白鳥あいは、俺の青春そのものと言ってもいい存在だ。つらい受験勉強の夜も、部屋の壁に貼った彼女のポスターの笑顔を見て何とか頑張れたんだ。引きこもりになってからも、彼女のSNSだけは毎日欠かさずチェックしていた。その彼女が、まさか写真集を出すなんて。
──そして、話は今に戻る。
そう、俺はこのストコンの『発注機能』を使って、こちらの世界に彼女の写真集を密輸(発注)しようとしているのだ。
だが、これだけは絶対にアラクネに見つかるわけにはいかない。なぜなら、
アラクネに見つかる ➔ リゼッタに告げ口される ➔ 健全な次期魔王候補(お見合い中)のリゼッタにゴミを見るような目で軽蔑される ➔ そのまま細剣で串刺しにされて殺される。
からあげクンの価格でキレて抜刀するような女だ。何がきっかけで地雷のスイッチが入るか分からない。とにかく、不浄な本(※本人にとっては聖書)を持ち込んだとバレたら、俺の籠城ライフは一瞬で終わる。危険を冒すわけにはいかないのだ。
俺はストコンを操作し、発注画面の「書籍・雑誌」のページをくまなくチェックしていく。
頼む、あってくれ、日本の物流システム……!
「あっ……あった……っ!!」
ドクン……ドクン……ドクン……。
画面に表示された『白鳥あい ファースト写真集』の文字。
俺は興奮で震える人差し指を必死に抑えながら、購入枠に「1」と入力し、エンターキーを叩いた。
ピピッ。画面には【発注が完了しました】の文字。
「ふふ、ふふふふふ……やった、やったぞ……! あいちゃんの水着、異世界独占キャッチだぜ……っ!」
「……どうしたの、店長?」
「ひゃっっっ!!!!」
静まり返った室内に突然響いた声に、俺は三十センチほど飛び上がって情けない悲鳴を上げた。
ガバッと振り返ると、天井の糸から逆さまにぶら下がり、眠たげな目をこすっているアラクネが、不思議そうな顔でこちらを見つめていた。
「な、ななな何でもない! もう夜中だぞ! 良い子は早く寝なさい! 睡眠不足は肌に悪いぞ!!」
俺は動揺を悟られないよう、早口のオタク特有のマシンガントークでまくしたてた。
「店長……なんか、怪しい……」
アラクネのじとーっとした半目の視線が突き刺さる。思わず目をそらしてしまった。
しまっていこう、俺のポーカーフェイス。
アラクネは俺の背後にあるストコンのモニターを覗き込もうと、天井の糸を支点にして、振り子のように左右にゆらゆらと揺れ始めた。
「見せるかよっ……!」
俺も画面を死守すべく、アラクネの動きに合わせて左右にステップを踏み、振り子の動きで完璧に応戦する。
右へ、左へ、上から下へ。
バックヤードで繰り広げられる、元受験生ニートと迷宮の女王の、画面を巡る高度な情報戦。
戦況は互角の膠着状態だったが──やはり、悲しいかな生身の引きこもり人間のスペックでは、人外のスタミナに敵うはずがなかった。
「あ、あれ……目が……まわる……」
過度な反復横跳びにより三半規管が限界を迎えた。視界がグワングワンと回転し、俺はそのままバックヤードの床へとドサリと倒れ込んだ。
急速に薄れゆく意識の向こう側で、ストコンの画面を確認したアラクネの、冷ややかな声が遠く響いた。
「やっぱり……店長、エッチなの見てた……。リゼッタに、おしえよ」
「待っ……て……」
ああ、神よ。
どうか哀れなプロニートに、明日という日をお救いください……。




