第124話:塞がれた空路と、天井の怪異
俺はレジカウンターの中で小場毛さんの薄い頭頂部を眺めながら、今にもその頭を叩きたくなる衝動を必死に抑えていた。
とにかく物覚えが悪い。
まずはウォーミングアップを兼ねて始めた簡単なレジ打ち──バーコードをスキャナーで読み取り、画面の支払いボタンを押すだけ──すらまともにできず、すでにトレーニングを始めてから丸一時間が経過していた。
「小場毛さん、バーコードを読み取ったら、この画面のボタンを押すだけでいいんです」
「あ……はい……これですか?」
「いやいや! これです。僕が今、指さしているこのボタンです」
「あ……はい……こっちですか?」
「………………」
(……〇〇霊園 墓石営業部……なんでこんなおっさんを採用したんだ? 今はやりの人手不足か? にしても雇わんだろ……いや、待てよ? 結局俺も採用しちゃってるじゃないか……! やはりこの尋常じゃない哀愁が、関わる人間すべての狂わせているのか……?)
「……長……店……長……」
「あっ!? す、すみません!」
小場毛さんに声を掛けられ、俺はハッと正気に戻った。
「ルカさんが呼んでますよ」
「あ、ああ、分かった。ありがとう」
俺は小場毛さんのトレーニングを一旦アラクネに丸投げし、逃げるようにバックヤードへと戻った。
バックヤードでは、ストコンのモニター前に座ったルカ君が深刻な顔で俺を振り返った。
「どうした?」
俺はルカ君の隣に椅子を引いて腰掛けた。
「これを見てください」
ルカ君が指さしたのは、彼が独自にハッキングしたセ〇ンの惣菜工場から一号店までのルート上にある監視カメラ映像だった。
その画面の一つをルカ君が拡大表示する。
そこに映し出されていたのは──雪原の街道に、厳重なバリケードを設営する武装兵たちの姿だった。その軍服のカラーリングは、鮮やかなオレンジ、グリーン、レッド。
「……あきらかにセ〇ンの正規兵だな。だけどどうして……? 一応サカモトはセ〇ンの社員だろ?」
「そうなんですよね……。僕らのドローン出撃がバレたのか、それとも本部に別の思惑があるのか……どちらにしても、このまま規定のルートを通るのは危険すぎます」
「じゃあどうする? 他に安全な迂回ルートはあるか?」
「ちょっと調べてみます!」
「OK、頼むよ」
ルカ君に調査を任せた俺は、サカモトの携帯端末へリモート通信を接続した。サカモトが持つ端末といつでも通信できるよう設定しておいたのだ。
モニターに、極寒の雪原の上空をドローンに吊るされて必死にしがみついているサカモトの顔が映し出された。
『なんや? トラブルか?』
「そうなんだ。この先のルートにセ〇ンの兵隊がバリケードを構築してる。このまま飛ぶのは危険だ」
『ほんまかいな……! わしらの動きがもう本部にバレたんかいな……』
「それはまだ分からない……。今、ルカ君が別のルートを探してくれてるから、そのまましばらく待機してくれ」
『はよしてなー! さむーてかなわんわ! 凍死してしまうわ!』
サカモトの悲鳴を聞きながら通信を切り、俺は腕組みをして考え込んだ。
もし俺たちの動きが察知されていたのだとしたら、一体どこから漏れたんだ……?
その時──バックヤードのドアが勢いよく開き、アラクネが入ってきた。
「アラクネ! どうしたんだ? 小場毛さんのトレーニングは?」
俺が尋ねると、アラクネはプイッと横を向き、不満そうに口を尖らせた。
「小場毛……めんどくさい」
「アラクネ~、そんなこと言っちゃダメだろ? 小場毛さんは初めてコンビニで働くんだから」
俺はアラクネの前にしゃがみ込み、優しく言い聞かせるように諭した。
「でも……ずっとボタン押し間違えるんだもん」
「ああ……」
俺は頭を抱えた。まだ……あそこから1ミリも進んでないのか。
仕方なく俺は立ち上がり、小場毛さんを直接指導し直すために売り場へと向かった。
だが──レジカウンターの中に小場毛さんの姿がない。
「あれ……? 小場毛さん?」
俺は首を傾げながらあたりを見渡した。
すると、どこからともなく「うー……うー……」という低い唸り声のような音が響いてくる。
「小場毛さん! そうやって裏から脅かそうとするのはやめてください。怒りますよ?」
俺は小場毛さんがお茶目なイタズラでも仕掛けているのかと思い、店内を探す。
だが、唸り声は止まらない。
……どこだ? 下か? いや……上か……?
ふと見上げた天井──そこには、アラクネの強力な白い糸でミノムシのようにグルグル巻きにされ、天井から逆さに吊るされている小場毛さんの姿があった。
「アラクネーーーーー!!!!」
俺はバックヤードに向かって絶叫した。
……幽霊だろうが何だろうが、全く物怖じせず物理で捕縛するアラクネ。
どうやらアラクネは、幽霊の怪異よりも遥かに恐ろしい存在のようだった──。




