第125話:幽霊の事情と、氷上の迂回路
「いや~助かりました……」
天井の蜘蛛の巣から無事救出された小場毛さんは、どこから取り出したのかハンカチで額の汗をぬぐいながら、深々と俺に頭を下げた。
「大丈夫ですか……? っていうか……幽霊も糸で捕まるんですね……」
俺の素朴な疑問に、小場毛さんは大真面目な顔で答えた。
「そうみたいですねぇ」
「……プッ」
「ハハハ」
思わずお互いに吹き出して笑ってしまった。
……うん、やっぱりこの人、根はすごくいい人(幽霊)だ。
「小場毛さん、レジのトレーニングを再開しましょうか!」
「はい、よろしくお願いいたします!」
俺たちは再びレジカウンターに入り、トレーニングを再開した。
アラクネの恐怖の指導(捕獲)を経たことと、お互い少し打ち解けたおかげか、先ほどよりも格段にスムーズにレジの基本操作が進み始めた。
「よし、一旦休憩にしましょう!」
小場毛さんと俺はレジをアラクネと交代し、バックヤードへと戻った。
俺はルカ君の背後にもう一つパイプ椅子を引っ張り出すと小場毛さんに座るよう促し、冷蔵庫から取り出したペットボトルの緑茶を渡した。
「どうぞ」
「これは恐縮です……」
小場毛さんは姿勢を正して座り、深々と頭を下げてドリンクを受け取った。
ルカ君はまだ少し小場毛さんの存在が怖いのか、体を硬くして緊張した表情を浮かべていたが、俺が普通に世間話をしているのを見て安心したのか、次第に肩の力を抜いて作業に戻っていった。
「小場毛さんは、亡くなられてから何年になるんですか?」
自分で尋ねておきながら、(どんな失礼な質問だよ……)と心の中でセルフツッコミを入れる。
「そうですねぇ……もう5年になりますか」
「もうそんなに……。ご家族は? お子さんはいらっしゃるんですか?」
「ええ。男の子と女の子が一人ずつ。残された家族は今も元気でやっているようです」
「そうなんですか……。その、ご家族に小場毛さんの姿は見えないんですか?」
「いや~それがまったく。死んでからこれまで、誰一人として私の存在を認識してくれた人間はいなかったんですよ。それが、このコンビニにふらっと入ってみたら……あなたに威勢よく『いらっしゃいませ!』と言われるじゃありませんか」
小場毛さんは懐かしそうに目を細めた。
「最初は勘違いかと思ったんですがね。その後、私が見えていないフリをしようと必死に一人芝居をしているあなたを見ていたら、明らかに存在に気づいているのが分かりましてねぇ。嬉しくなって、つい声をかけてしまったというわけです」
「……ッッッ!」
俺は顔から火が出そうになり、苦笑いしながら頭を激しく掻きむしった。
あの「俺には見えてないフリ作戦」の滑稽な一人芝居が、最初から全部小場毛さんに筒抜けだったとは……! 恥ずかしすぎて穴があったら入りたい!
「……でも、今まで誰にも見られなかったのに、なんでこの店の中だとみんなに姿が見えてるんでしょうね?」
作業の手を止めたルカ君が、不思議そうに会話に割り込んできた。
「そうなんだよなぁ……。この一号店自体が、異世界と繋がったことで何か不思議なパワースポットみたいになってるのかもな……」
そんなオカルトチックな考察をしていると、ストコンの警告音がピピッと鳴り、ルカ君が声を上げた。
「マモル店長! 別ルートの解析が終わりました! この迂回ルートなら、サカモトさんが凍死する前にこの一号店まで運べそうです!」
ルカ君は画面に映し出された立体マップの谷間を指でなぞりながら、素早く説明してくれた。
「よし! そっちのルートで行こう! すぐにサカモトに連絡してドローンを迂回させてくれ!」
「はい!」
ルカ君はサカモトに通信を繋いで状況を説明し、凍えるサカモトを吊るしたドローンを速やかに別ルートへと進路変更させた。
「……あとは、このルートに敵の伏兵がいないことを祈るだけだな」
俺は腕を組み、祈るような心地でストコンの画面をじっと凝視した──。




