第122話:深夜の怪異と、見過ごされた警告
ペチペチと何かが俺の頬を叩く……。
嫌だ……起きたくないんだ……俺は……。
「アチィッィイイイィイイイイイイイ!!!!!!!!!」
直後、高温の何かが強引に口の中に押し込まれ、俺の意識は恐怖ではなく激熱によって強制的に覚醒させられた。
目の前には、ニタニタと不気味に笑うアラクネ。
そして──先ほどまで俺を恐怖のどん底に突き落としていた、あの青白い顔のおっさんが立っている。
「ハフ……ハフッ……!」
涙目になりながら口の中のブツを必死に咀嚼する。
……うまい。
レンジでちんちんに温められたからあげクンは、熱々でめちゃくちゃ美味い。
そう……どんな絶望的な状況であっても、からあげクンは美味いのだ。
いやいや! そんなことはどうだっていい!
いや……からあげクンがどうでもいいわけではないけれど……だが、今じゃない! 今はからあげクンと深く対話している場合ではないのだ!
今は……目の前でぬっと立っているこのおっさんと、いかにして対話(あるいは回避)するかが最重要課題なのだから!
「あ……アラクネ、どうしたんだ……?」
「どうしたじゃない! マモルが急に倒れたんだろ!」
アラクネはそう言って、からあげクンを咥えたまま口を尖らせた。
「あ、ああ……悪い悪い。お前ひとりの店番の時に寝ちまったみたいだな。さ……幸い、まだお客さんも来てないみたいだし、良かったよ……」
俺はあからさまな嘘をつきながら立ち上がり、アラクネの頭をポンポンとなでると、そのままおっさんの横を通り過ぎてバックヤードへ退避しようと足を踏み出した。
だが──目の前のおっさんは、相変わらず逃げ道を塞ぐように通路の真ん中に立ち続けている。
おっさんは焦点の合わない不気味な目で俺の方をまっすぐ見つめ(とはいえ、本当に俺を見ているのかは定かではないが)、静かにこう告げた。
『……いや~、もう無理でしょ?』
その一言に、俺の全ての抵抗が無駄であったことが集約されていた。
「……はい」
俺は白旗をあげ、その場に崩れ落ちるようにへたり込んだ。
観念した俺はおっさんに促され、カウンター内のパイプ椅子に腰掛けた。おっさんもその隣の椅子に当たり前のように座り、俺の方を向いてペコリと頭を下げた。
「わたくし……小場毛 成蔵と申します」
そう言って、男は胸ポケットから一枚の紙切れ──名刺を差し出してきた。
受け取った名刺を見ると、そこには『〇〇霊園 墓石営業部』の文字。
(小場毛成蔵という名前で墓石の営業……? こんな過酷すぎる転職(天職)についている人間(モンスター?)がいるのか……?)
俺は心の中で激しく突っ込んだ。
……いや、待てよ?
名刺を持っている。名刺交換ができる。ということは……。
(なんだ……! ただの『お化けみたいな顔をした不気味なおっさん』だったのか!!)
幽霊ではなく、生身の人間だと分かった瞬間、俺はほっと胸を撫で下ろした。勝手に幽霊扱いして気絶までした自分が急に恥ずかしくなってくる。
「その……小場毛さんが、どうしてうちのコンビニに?」
相手が生きている人間だと分かればこっちのものだ。俺は一気にリラックスして話しかけた。
「実は……わたくし、墓石の営業マンをやっているのですが……まったく墓石が売れませんでねぇ」
「は、はあ……」
まあ、いくら一生モノの墓石とはいえ、こんな失礼ながら陰気で辛気臭い営業マンから買いたいと思う客はなかなかいないだろう。
「上司には毎日怒鳴られ……家族にはバカにされ……もう胃が痛くて……」
「それは……気の毒ですね……」
俺は少し同情した。境遇は違えど、他人の目を気にして鬱屈とした日々を送る辛さなら、元引きこもりの俺が誰よりもよく知っている。
「それで……最近『神対応』で有名になっているこちらのコンビニの接客を見て、自分の営業に活かせないかと思いまして、見学に来た次第なんです」
「ああ! そういうことでしたか!」
謎は全て解けた。幽霊のホラー現象でも何でもなく、ただの熱心(?)な営業マンの社会科見学だったのだ。
「それならどうぞ、好きなだけ見学していってください! なんなら、少しシフトに入ってみますか? 実際に店員としてレジに立つ方が、学ぶことが多いかもしれませんよ!」
俺の温かい提案に、小場毛さんの青白い表情がほんの少しだけ緩んだ気がした。
「ありがたいことです……お言葉に甘えてもよろしいでしょうか?」
「もちろんですよ! 早速バックヤードでシフトの調整をしちゃいましょう!」
そう言って俺は爽やかに立ち上がり、小場毛さんをバックヤードへと案内しようと歩き出す。
だが、道中でふとある重要なことに気づき、俺は歩きながら小場毛さんに確認した。
「そう言えば小場毛さん、ここで働くこと、本業の会社に相談しなくて大丈夫ですか? 副業禁止とかあったら大変ですし……それに、ご家族にも一言連絡しておかないと心配しますよ?」
満面の笑みで振り返る俺に、小場毛さんは至極当然といった風体で、ボソリと切り返した。
『……大丈夫ですよ。私……もう死んでますから』
「ノーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」
俺は一日における『連続失神記録』を鮮やかに塗り替え、盛大な音を立てて床へと倒れ込んだ──。




