第120話:怪しい来店客
休憩室を出た俺は、バックヤードで待っていたルカ君に指示を出した。
「ルカ君、サカモトをドローンで迎えに行ってくれ」
突然の指示に、ルカ君は驚いたように目を丸くして聞き返してくる。
「えっ……!? で、でも……千石さんはどうするんですか? まだお体も……」
「それなんだけど……千石さんとも話して、サカモトと会ってもらうことにしたんだ」
「ええ!!? だ、大丈夫なんですか……!?」
「正直……それは分からない。でも、これから俺たちが相手にするのはコンビニ大手の大企業だ。俺たちだけの力じゃ太刀打ちできそうにない。千石さんが仲間に加わってくれれば、これ以上ないくらい心強いと思うんだ」
「それは……そうでしょうけど……」
ルカ君は少し困惑したように眉をひそめたが、やがて腹を括ったように頷いた。
「……分かりました。僕はマモル店長の判断を信じます!」
「ありがとう、ルカ君」
任せたぞと肩を叩くと、ルカ君は早速操作端末を起動し、サカモトの待つ惣菜工場へと救出用ドローンを出撃させた。
俺はそのままバックヤードを抜け、売り場へと戻った。
レジカウンターの裏では、アラクネがちょこんと座っている。俺は隣にパイプ椅子を引っ張り出すと、ドカリと腰を下ろした。
アラクネは相変わらず、勝手に売り場の「からあげクン」をつまみ食いしている。
俺が隣に座ったのに気づくと、アラクネはからあげクンの刺さった爪楊枝をそのまま俺の口元へと差し出してきた。
「食べる?」
「おう、もらうわ」
俺は差し出されたからあげクンをパクリと一口で食べると、口を動かしながら微笑みかける。
「アラクネは本当にからあげクンが好きだな」
「うん!」
満面の笑顔で答えると、アラクネは満足そうに自分もからあげクンを頬張った。そんな平和で緩やかな時間が流れていた、その時──。
ピロリロリーン♪
静かな店内に、聞き慣れた入店音が響き渡る。一人の男が入ってきた。
俺は慌てて口の中のからあげクンを呑み込むと、接客スマイルを作って声を張った。
「いらっしゃいませー!」
だが、その男は俺の視線をあからさまに避けるように深く下を向き、ヌッと忍び足で弁当コーナーの方へと歩いていく。
俺は思わず、その男の背中に違和感を覚えてまじまじと観察してしまった。
外は吹雪いているというのに、男は驚くほどの薄着──ペラペラのシャツ一枚だった。
首元から覗く肌は病的なまでに青白く、まるで生きている人間らしい精気を一切感じさせない。
そして極めつけは、男が小脇に抱えているカバンだった。
ボロボロに擦り切れ、一体いつの時代のものだと言いたくなるような、不気味に古めかしいハンドバッグを大事そうに抱え込んでいる。
俺は男の視線から外れるよう慎重に腰を低くし、隣でまだ口をもぐもぐさせているアラクネにひそひそ声で話しかけた。
「なんか……気味悪い男だな」
「うん。きもちわるい!」
アラクネは空気を読むことなく、いつも通りの無邪気で大きな声でそう返した。
「バッ……カ! お客さんに聞こえるだろ!」
「そうか」
アラクネは悪びれる様子もなく首をかしげると、またからあげクンを口に運ぶ。
だが……おかしい。
「……それにさ。なんか……寒くないか……?」
急激に足元から冷気が立ち上り、皮膚が粟立っていく。アラクネは少し首を傾げて、
「そうかな?」
と言ったが、俺の感覚は間違いなかった。エアコンの暖房は効いているはずなのに、店内の空気が凍りつくように重く冷え込んでいく。
「……ああ、なんか……変な空気だ……」
外の雪のせいだけじゃない。この男が足を踏み入れてから、あきらかに店の『空間』がおかしくなっている。
「時間も時間だし……まさか、幽霊じゃないよな……?」
俺は喉を鳴らしながら、背筋をダラリと伝う嫌な汗と、底知れない不気味な気配を感じていた──。




