第119話:有給作戦と、動き出すタイムリミット
「それじゃあ、私は上がるわよ」
リゼッタにそう言われて、俺とルカ君はコントローラーを握ったまま、テキトーに手を挙げて答える。
「まったく……」
リゼッタは呆れたように苦笑いしながら、バックヤードから出て行った。
俺たち二人は、昼間からずっとネットゲームに興じていた。足元には食べ散らかしたポテトチップスの空き袋と、何本もの空のペットボトルが転がっている。
そんな退廃的な空間に、突然ピコーンと電子音が響き、ストコンのリモート通信が接続された。
画面に映し出されたのは、セブンの惣菜工場にいるサカモトだった。
『おうおう。あんたら、この一大事に呑気にゲームしとんのか?』
画面の向こうのサカモトが、開いた口が塞がらないといった表情で俺たちを睨んでくる。
「どんな……時だって……息抜きは……必要だろう……ッ!」
俺は必死に画面のキャラクターを操作しながら、サカモトの方を見もせずに答えた。
「そうですよ! サカモトさんも一緒にやりますか?」
ルカ君も目線はモニターに向けたまま、コントローラーのボタンを連打しながら返す。
『やらへんやらへん! そんなことしとる場合やないっちゅうねん! こっちはタイムリミットが迫っとんねんぞ! いつになったら一号店にわしを連れて行くんや!』
サカモトにそう詰め寄られ、俺の脳裏に休憩室で寝ている千石さんの姿が浮かんだ。あの重傷だ、少なくともあと二、三日は安静にしていてもらわないと困る。
「そうだな~……四日後くらいかな」
『あと四日も待たなあかんのか!? ゲームしとる暇があるなら、さっさとドローンで迎えにこんかい!』
「俺たちにだって色々事情があるんだよ……」
『はぁぁぁ~……』
サカモトは画面の向こうで、深々と大きなため息をついた。
『セ〇ンの上層部が本格的に動き出してん。わしの【有給作戦】で何とか先延ばしにしてるけど、猶予はあと九日や。それ以上は絶対にごまかせへんのやぞ』
サカモトはストコンのカメラに画面いっぱいに顔を近づけ、切羽詰まった声で告げた。
「……なんだよ、その『有給作戦』って……」
ただごとではない雰囲気を察した俺たちは、仕方なくゲームの手を止め、サカモトの話に耳を傾けることにした。
──数分後。
『──……そういうわけや。本部が本気で動き出したら、いつまでもUSBを隠し通すことなんて絶対にできへん』
サカモトの説明を、俺は黙って聞いていた。
労働基準法を盾にした苦しいブラフ。だが確かに、あのUSBがセブンの本部連中の手に渡ってしまえば、俺たちにはもう手出しができなくなる。
「サカモト……明日、また連絡する。とりあえず今日は待ってくれ」
『頼むで、ほんまに……!』
俺はそう言ってリモート通信を切った。
画面が暗転し、バックヤードに重苦しい静寂が戻る。
「ルカ君。……千石さんに、事情を話してみるよ」
俺はそう呟くと立ち上がり、千石さんが眠る休憩室のドアへと向かった。
◇
「千石さん、入りますよ」
俺は静かにドアを開けた。
ベッドの上で体を起こした千石さんが、顔を上げて俺を迎える。痛みを堪えるような素振りを見せつつも、その眼光は鋭い。
「どうした? 何かあったのか?」
千石さんが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「実は……」
俺は意を決して、千石さんにすべてを打ち明けることにした。
ファ〇マの移動要塞で目撃した悪夢のような光景、裏切りと本性を現した『モカ』のこと。セブンの惣菜工場に身を潜めるサカモトの現状。そして、彼が握っているという重大なデータが入ったUSBのこと──。
千石さんは途中で口を挟むこともなく、険しい表情で俺の話を黙って聞いていた。
俺がすべてを話し終えると、千石さんは深く息を吐き出し、静かに俺の目を見つめた。
「マモル君。私とそのサカモトさんを、会わせてくれないか?」
「え……?」
「もしかしたら、私から彼に協力できることがあるかもしれない。……そして彼が持っているそのUSBの情報は、このゲートを巡る紛争を終わらせるための決定的な鍵になる可能性がある」
俺は一瞬躊躇したが、やがて黙って頷いた。
千石さんの身体はまだ万全ではない。だが、今のこの追い詰められた状況では、それが唯一の道であることは分かっていた。
セ〇ン、ファ〇マという巨大な敵、そしてゲートの裏に潜む大きな陰謀に立ち向かうために──俺たちはついに、腹を括るときが来たのだ。




