第116話:異世界転移の真相と、怒りの拳
俺はしょんぼりと肩を落とすアラクネに、後ろからそっと歩み寄って優しく語りかけた。
「アラクネ……あれはモカの本物じゃなくて、精巧にできた人形なんだ。本物のモカは生きてるから、安心しろ」
俺がそう声をかけると、アラクネはハッとしたようにゆっくりとこちらを振り返った。
その大きな瞳には、今にも零れ落ちそうな大粒の涙がいっぱいに溜まっていた。
「ほんとう……?」
必死に涙をこらえながら、アラクネが縋るような目で見つめてくる。
「ああ……大丈夫だ」
俺はそう言って、アラクネの頭をよしよしと優しく撫でてやった。
「うん……」
アラクネは少しだけ元気を取り戻したようにコクリと頷くと、そのまま力なくレジカウンターの椅子に腰かけた。
さすがのアラクネも、友達が突然目の前で爆発した(と思い込んだ)のは少しショックでびっくりしちゃったのかな……。ここは少しそっとしておいてあげよう。
俺は静かにバックヤードへと戻ると、ストコンの前の椅子に腰掛け、画面の向こうのサカモトに話しかけた。
『……ギリギリで間に合ったぞ』
俺がそう言うと、サカモトは画面越しにへらへらしながら答えた。
「そりゃよかったわ〜。マモルはんの店が丸ごと爆破されたなんて報告聞かされたら、さすがのわしも笑えんからな〜」
『……でも、これでお前が俺たちをハメようとしてたんじゃないってことは信じる気になったよ。続きを話してくれ』
俺はそう言って、真剣な眼差しをストコンのモニターへと向けた。
サカモトもニヤけていた表情を即座に引き締め、重々しい口調で語り始めた。
──異世界と現実世界を繋ぐ【ゲート】が最初に発見された時、コンビニ各社は先を競って異世界への出店を試みた。
だが、環境のまったく異なる異世界に新店舗を構えることの厳しさ、そして不安定なゲートを通じた配送作業の困難さから、最初は各社が協力してゲートウェイを管理・運営し、相互に技術提供を行っていく約束が交わされた。セ〇ン、ロー〇ソン、ファ〇マの三社が手を取り合っていくはずだったのだ。
しかし、最初に異世界での店舗出店を成功させたセ〇ン本部の幹部たちが、その協定を一方的に破り、ゲートウェイを独占しようと暗躍し始めた。
焦ったロー〇ソン本部は、まだ転移システムが完全ではない状態であるにもかかわらず、強行軍で一号店の転移を実行に移した。
本来は、異世界赴任を命じられたロー〇ソンの正社員が店舗ごと転移するはずだったのだ。だが、セ〇ン側が強硬手段でゲートを永久凍結しようとしてきたため、時間的猶予が一切なくなり、本部はやむを得ず売り場にいたアルバイトの大学生ごと店舗を転移させようとした。
しかし、その肝心のアルバイトがたまたま店外に出てサボっており、代わりに店内で夜食の買い物をしていた一般客の俺が、巻き込まれてこの異世界に飛ばされた……というのが事の真相らしい。
話を聞き進めるにつれ、俺の腹の底からドス黒いマグマのような怒りがふつふつと沸き上がってくる。
……大企業同士のみっともない覇権争いに勝手に巻き込まれ、その巻き添えで理不尽に異世界に放置された俺。人の人生を、一体何だと思ってやがるんだ……!!
引きこもりニートと言えども、俺にだって日本で暮らす大切な生活があったんだぞ!!!!!!
俺が拳を握りしめて震えていると、サカモトが静かに話を続けた。
出遅れる形となったファ〇マは、これまで表面上はおとなしく潜伏していたのだが、裏ではセ〇ンのメインシステムを高度にハッキングし、工作員やスタッフを秘密裏に異世界へと送り込んで、着々と反撃の準備を進めていたらしい。
そして先日、ついにファ〇マの巨大な移動要塞コンビニが完成し、この異世界への転移に成功。この世界の覇権を一気に塗り替えようと動き出したのだ。
彼らが狙うのはただ一つ、異世界と現実世界を繋ぐ【ゲートウェイの完全独占】。
そして、それを可能にする唯一の鍵こそが、サカモトが命がけで肌身離さず持っている、あの【USB】だというわけだ。
ここまで黙って話を聞いていたルカ君が、不思議そうに口を挟んだ。
「でも……だったらその重要すぎるUSB、サカモトさんが一人で持ち歩かずに、セ〇ンの本部で厳重に保管・管理すればいいんじゃないですか?」
そう指摘され、サカモトは参ったなというように頭をポリポリと掻いた。
「そうなんやけどな〜……。さっきのモカはんの件にもあるように、今のセ〇ンの内部はファ〇マのスパイだらけなんや。誰が本物の味方で、誰が敵か一切わからへん。せやから、わしが肌身離さずずっと持っておくしかあらへんのや」
『そんなこと言ったら、俺たちだってロー〇ソン側の人間だぞ。お前からそのUSBを力ずくで奪うかもしれないだろ』
サカモトはニヤリと不敵に笑うと、首を横に振った。
「マモルはんはバカや。バカは器用になんか人を騙したりせえへんし、土壇場で味方を裏切ったりできん。だから安心なんや……そやろ?」
『こいつ……さらっと人をバカにしやがって……』
俺は引きつった顔で悪態をつきながらも、心のどこかで(まあ、たしかに俺はそんな器用な裏切りなんてできないな……)と妙に納得してしまっていた。
『で……これから具体的にどうするんだよ?』
俺の問いかけに、サカモトは画面越しに肩をすくめた。
「とりあえず、この工場におっても何も出来へん。マモルはんの一号店まで連れてって〜な。本格的な話はそこからや」
そう言われ、俺は腕を組んで思案した。
俺もあのファ〇マの圧倒的な技術力と要塞の規模を、ドローンの映像越しにまざまざと見せつけられている。このままだと、ゲートウェイは完全にファ〇マの手へと落ちてしまうだろう。
そんなことになれば、俺が現実世界へ戻り、日本で待つ千咲に再会することは永遠にできなくなってしまう──。
『……わかった。とりあえずお前を一号店まで運ぼう。ルカ君、頼む』
「了解です!」
「おおきに!」
サカモトは画面の中で、仰々しく両手を合わせて深々と頭を下げた。
「ふ〜……」
俺が溜まった息を吐き出していると、バックヤードの隣にある休憩室のドアが静かに開き、アンナちゃんがひょっこりと顔を出した。
「おじさん、目を覚ましたわよ」
「アンナちゃん、ありがとう!」
俺はサカモトとの通信を一旦切り、怪我を負った千石さんの待つ休憩室へと急いで足を進めた──。




