第115話:妖精の正体と、爆破された人形
俺は捕獲したモカの入った虫かごを片手にバックヤードへと戻ると、ルカ君の隣のパイプ椅子にドッカと腰かけた。そして、手に持った虫かごをそのままストコンのデスクの上に置く。
ルカ君はカゴの中でふてくされているモカを見て、驚いた表情で俺を見た。
「保険……さ……」
俺は短くそう言って、ストコンのメインモニターへと視線を向けた。
ルカ君も俺の意図を察したのか、虫かごのモカにはそれ以上触れずに、淡々と現場の状況説明を始める。
「サカモトさんはまだトイレから戻ってこないですね。小用にしては長すぎる気がします。あれからセ〇ンの誘導ドローンも来ませんし……怪しいと言えば、かなり怪しい状況ですかね……」
「ん〜……」
俺は腕を組んでしばし考え込んだ。そして、決断を下す。
「ルカ君、もし相手(セ〇ン側)に何か良からぬ意図があった場合、このまま無防備にここに留まっていては不利になる一方だ。こちらから能動的に動こう」
「了解です!」
ルカ君は力強く頷くと、コントローラーを操作してドローンを動かした。
下部からアームを器用に伸ばし、部屋の重厚なドアノブを回してドアを開ける。
通路にセ〇ンの警戒用ドローンたちの姿はないようだ。
「よし、この隙にこのまま一気に脱出しよう!」
俺がそう指示を出した、まさにその瞬間だった。
ガシッ!!
突如として物陰から伸びてきたサカモトの手が、飛び立とうとした俺たちのドローンの機体をガシッと直接掴み上げたのだ。
サカモトはドローンのカメラの向きをグリッと強引に変え、己の顔を画面いっぱいにアップで見せてきた。
「待〜ち〜な〜。今回はほんまに心から感謝しとるんや。なにも悪いことなんかせえへんよ」
『お前の口から出る言葉なんて、何一つあてにならないからな』
俺がストコンのマイク越しにそう言い捨てると、サカモトは頭をポリポリと掻きながら、「たしかにそやな」と力なく苦笑いした。
「でもほんまに今回は違うんや。それに……マモルはんに、どうしても相談したいこともあるんや」
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サカモトに促され、おとなしく部屋の中央へと戻った俺たちのドローン。
その前には、パイプ椅子に深々と腰掛けたサカモトが座っていた。
『相談って、一体何なんだ?』
俺はストコンのマイクから尋ねる。
「それなんやけどな……」
そう言ってサカモトは少し間を置いてから、探るような鋭い目つきで尋ねてきた。
「マモルはん……今は一人か?」
『一人ではないけど……一体どんな話なんだ?』
そう言い返すと、サカモトは少し慎重に考え込んでから、重ねて尋ねてきた。
「今そっちに誰がおるんや? ほんまに信頼できる相手なんか?」
『もちろん』
俺は即答した後、隣のルカ君を見る。ルカ君は「信頼できる相手」と言われてどこか嬉しそうにこちらを見てニコッと笑っていた。
『今ここにいるのは、リゼッタの弟のルカ君と、お前の右腕のモカだ』
俺がそう告げると、サカモトはニヤリと意味深な笑みを浮かべた。
「モカはんは、今どないしてる?」
俺はデスクの上の虫かごをチラリと見る。
モカはカゴの中で背中を向け、ふてくされてゴロゴロと寝転がっていた。
『モカはお前が俺たちを裏切った時のために、捕虜として虫かごの中に捕えてある』
俺はそう言って画面越しにサカモトを強く睨みつけた。
するとサカモトは、自分の腹を抱えて「ハハハ!」と大爆笑し始めた。
「ガハハ! そりゃあええわ! 渡りに船や、手間が省けたわ!」
『手間……?』
「そや。わしも一号店に戻ったら、真っ先にモカはんを捕まえようと思ってたんや」
俺の脳内で思考が激しく混乱する。
『ん?……どういうことだ? なんでお前が自分の側近のモカを捕まえるんだよ』
俺の当然の問いに対し、サカモトはさっきまでのヘラヘラとした笑顔が嘘のように消え失せ、氷のように冷たく凍りついた瞳でモニターを見つめ返してきた。
「モカはんが、ファ〇マの“回し者”やからや」
『な……っ、なんだって!?』
俺とルカ君は、ストコンの前で同時に思わず素っ頓狂な大声を上げた。
サカモトの絶対的な右腕だとばかり思っていたあのモカが、敵対するファミ〇ーマートのスパイだって……!?
サカモトは静かに言葉を続ける。
「びっくりするやろ? わしも最初はそりゃたまげたわ」
そう言って、サカモトは事の顛末を語り始めた。
ある日突然、セ〇ンにやってきたモカ。最初は口の悪いおバカな妖精として可愛がっていたのだが、それからしばらくして、セ〇ンのメインシステムへの不正アクセス(ハッキング)や、配送商品の盗難事件が相次いで発生したこと。そして、それらのトラブルが起こる場所には、必ずと言っていいほどモカがいたこと。
それらの不審点を踏まえ、セ〇ン本部で内々にモカの極秘捜査を進めていたこと。
そもそもロー〇ソン一号店への接触も、サカモトの発案ではなく、すべてモカの発案であったこと。
そして、あのホロアテンダントシステムの配送車襲撃の際、セ〇ンの特殊部隊が何者かの奇襲を受けて壊滅していたこと……などを、サカモトは淡々と、しかし重々しく語った。
そして、今回のサカモト要塞拉致事件で、その疑惑は完全な確信へと変わったという。
あのファ〇マの巨大要塞コンビニを裏で冷破に指揮していた女ボス──あれこそが、モカの本当の正体だったのだと。
『ば、バカなことを言うなよ! モカは今、目の前の虫かごの中にいるんだぞ!?』
そう言って、俺はデスクの上の虫かごの中を注視する。
モカは相変わらずふてくされた姿勢で背中を向けて寝ている……。
……あれ?
言われてみれば、ピクリとも動かないぞ……? 息をして呼吸で体が上下する様子すらない。
俺は嫌な汗をかきながら慌てて虫かごのプラスチック蓋を開け、中のモカを指でつまみ上げた。
俺たちの手の中に収まったモカ──俺たちがずっとモカだと思い込んでいたその物体は、骨がないかのようにダランと力なく手足を垂れ下げていた。ただの精密な人形だ!!
『まさか……!?』
その時だった。ダミー人形のキュートな目がパチッと見開かれ、不気味な機械音声でカウントダウンを叫び始めた!
『──爆発まで……10……9……8……』
「おいおいおいおいっっっ!!!???」
俺は背筋に氷を突き立てられたような衝撃を受け、そのモカの爆弾人形を握りしめたまま、バックヤードから売り場へと脱兎の勢いで飛び出した!
「アラクネ!!!!!! 訳は後で話す!! こいつを思いっきり外の崖の向こうへぶん投げてくれぇえええッッッ!!!!」
俺は叫びながら、レジカウンター近くにいたアラクネへ向かってモカの人形をライナーで投げつけた!
アラクネは新しいボール投げの遊びとでも勘違いしたのか、「キャハッ♪」と楽しそうに笑いながらモカの人形を完璧なキャッチングで受け止めた。そして、俺の指示通りに自動ドアを勢いよく押し破って外へと飛び出すと、その怪力で極寒の崖の向こうの空へと向かって、全力でモカの人形を投げ放った!
アラクネの超人的な腕力により、モカの人形は見る見るうちに夜空の彼方へと小さくなって消えていく。
次の瞬間──。
はるか遠くの崖の夜空で激しい閃光が走り、直後、凄まじい大爆風と振動が一号店全体を激しく包み込んだ!
ドガァァァァァァンッッッ!!!!!!
桜塚マネージャーが腕によりをかけて綺麗に修理してくれていたおかげで、強固になった自動ドアと店舗ガラスは何とか崩壊を免れたが……。
当のアラクネは、夜空で巻き起こった巨大な火柱を呆然と見上げ、大好きな友達のモカが急に破裂してしまったと思い込んだらしく、大きな目を丸くしてポツリと呟いた。
「モカ……爆発しちゃった……」




