第113話:着替え中のダイナマイトと、限界のサカモト
「千石さん! 千石さん!」
俺は彼の身体を抱き起こし、必死に声を張り上げた。
「う……ん…………」
良かった……まだ息はあるみたいだ。
「アラクネ!!! アラクネ!!! 来てくれ!」
俺はバックヤードに向かって叫び、アラクネを呼び寄せた。売り場に出てきたアラクネに素早く指示を出し、俺は千石さんを休憩室の仮設ベッドへと運んだ。
サカモトの決死の逃避行に、千石さんの看病。今店にいるのはルカ君と俺、アラクネとモカの4人だ。
ドローン操縦をルカ君一人に任せきりにするのは心苦しいが、かといってアラクネとモカに怪我人の看病ができるとは到底思えない……。どうしたものかと頭を抱えていたその時、バックヤードの防音扉の向こうから、甘ったるい声が響き渡った。
「おはようございま〜す♪」
俺は壁の時計に目をやり、その声の主が誰なのかを即座に理解した。
「アンナちゃん! 良いところに来てくれた!」
アンナちゃんの登場で一気に悩みが吹き飛んだ俺は、勢いよく休憩室を出てバックヤードのドアを叩き開ける。
──その瞬間、俺の視界に飛び込んできたのは、ロー〇ソンの制服に着替え途中であるアンナちゃんの豊満すぎる肉体だった。
「あっ! いや……ごめん!!」
とっさに言葉では謝りつつも、俺の視線はアンナちゃんのダイナマイトボディへとバッチリ釘付けになってしまっている。
……そして、その視線の先では、ガチガチに身体を硬直させたルカ君が、「絶対に後ろを振り向きません」と背中に書いてあるかのような超姿勢で、微動だにせずストコンのモニターを凝視していた。
だが……俺には分かる。ルカ君……君はモニターの黒い画面に反射した『何か』を確実に見ていただろ……!?
一瞬の静寂の後、ようやく俺の思考が正気に戻る。
「ごめん!」
俺は改めて謝罪すると、脱兎の勢いで休憩室へと戻り、バタンとドアを閉めた。
高速で脈打つ自分の胸を片手で必死に抑えながら、俺は何事もなかったかのようにベッドの千石さんに視線を落とす。
だが、その横に立っているアラクネはニタニタと性格の悪そうな笑みを浮かべており、モカに至ってはゴミを見るような冷ややかな軽蔑の目で俺を見つめていた。
──生ゴミを見るような視線を痛感しながら、俺は心を無にした。
その後、出勤してきたアンナちゃんに千石さんの応急処置と看病を頼み、アラクネとモカには念のためお店の売り場を見張ってもらうことにした。
ようやく人手に目途がついた俺は、バックヤードのルカ君の隣の椅子に腰掛け、深々と息を吐いてひとごこちをついた。
「ルカ君、追撃の状況はどうだ?」
「大丈夫です。おそらく敵のファ〇マドローンは自動追尾プログラムですね。行動パターンが完全に一定なので、回避さえ怠らなければミサイルに当たることはありません」
「さすがだな……」
改めてトップゲーマーであるルカ君のハンドリング性能が心強く頼もしい。
俺はストコンのマイクを引き寄せ、空を飛ぶサカモトに話しかけた。
『サカモト〜、生きてるか?』
俺の問いかけに、ストコンのスピーカーからサカモトの荒い呼吸音が返ってくる。
「マモルはん……総菜工場は……まだかいな……。そろそろ……限界や……」
そう言って、画面の中のサカモトは力なく自分の下半身へと視線を落とした。
そのしぐさ一つで、俺は彼が何を訴えているのかを完璧に察した。極寒の風圧と恐怖による生理現象の限界──。
『サカモト、もう少しだ! 人間の尊厳のために……男のプライドのために何とか堪えてくれ!!』
俺はサカモトを必死に励ましながら、ルカ君と共にドローンを総菜工場へ向けて全速力で急がせた。
それから数分後──。
「マモル店長! 前方に総菜工場が見えてきました!」
ルカ君がモニターの吹雪の先にうっすらと浮かび上がる巨大な建造物を指差した。
『サカモト! 工場が見えたぞ!!』
俺の声に、サカモトはもはや返事をする体力すらないのか、力なく首を縦に振った。明らかに漏出寸前、我慢の限界が目前に迫っている。
相変わらず背後からは、ファ〇マの追撃ドローン軍団がしつこく食らいついてきていた。
その時だった。
セ〇ン総菜工場の外壁から眩い赤いランプが激しく点滅し、重厚なハッチが開いたかと思うと、そこから何かが猛烈な勢いで射出された。
──シュオオオオンッ!!
凄まじいスピードで飛び出したセ〇ン特製の大型対空ミサイルは、俺たちのドローンのすぐ脇を紙一重でかすめ去り、直後、後方で追撃してきていたファ〇マのドローン部隊のど真ん中に見事命中した。
ドカァァァンッ!!!
背後の雪原で激しい大爆発が巻き起こり、敵の追撃部隊が一瞬で灰燼に帰す。
「助かった……!」
サカモトは最後の力を振り絞り、急速に近づくセ〇ンの総菜工場へ向けて、精一杯手を振り続けていた──。




