第112話:爆風の湯加減と、カウンター裏の血痕
吹雪の荒れ狂う極寒の雪原を、パイプ椅子に乗った一人の男が猛スピードで飛んでいた。
もし事情を何も知らない第三者がこの光景を見れば、北の国に新しい心霊スポットが誕生したと大騒ぎすることだろう。
吹雪の中をドローンに引っ張られて爆走する椅子の上で、サカモトはカチコチに凍り付いた自分の顔を、顔面の筋肉を必死に動かして何とかほぐしながら、目指すセ〇ンの総菜工場へと向かっていた。
「マモルはん……もうあかん……。さすがのセ〇ン特製の体温調整スーツも、この暴風には限界や……。ワシ……このまま凍ってまう……」
『サカモト! あきらめるな!』
俺はストコンのマイク越しにサカモトを叱咤しながら、隣でコントローラーを極限の集中力で操作しているルカ君に話しかける。
「ルカ君……そろそろサカモトの身体も限界だ。何か暖をとるような手はないかな?」
俺に聞かれてルカ君は必死に頭を働かせる……だが、やがて悔しそうに小さく首を横に振った。
それを見た俺は、ストコンのマイクに向かって素直にサカモトへ告げる。
『サカモト、無理みたいだ。何とか根性で頑張ってくれ』
それを聞いて、サカモトが今にも泣き出しそうな情けない声を上げた。
「そんな殺生な〜〜〜!!」
そんな悠長なやり取りをしている間にも、背後から迫るファ〇マの追撃ドローン軍団は、確実にこちらとの距離を縮めてきていた。
ついにあちらの射程距離に入ったのか、敵のドローン軍団は一斉にハッチを開き、容射ない斉射を仕掛けてくる。
凄まじい轟音とともに、無数の対空ミサイルがこちらめがけて大群となって飛来した。
『──警報。敵ミサイル接近。回避してください』
バックヤードのストコンにけたたましい警告音が鳴り響く。
ルカ君はコントローラーを握り締め、迫り来る敵のミサイルを神がかったハンドリングで紙一重でかわしながら、俺に向かってニヤリと不敵に笑いかけてきた。
「マモル店長。サカモトさんの寒さ対策ができました」
「ん? 寒さ対策……? どういうことだ?」
「見てください!」
ルカ君がストコンの画面を指差す。
ルカ君がギリギリの挙動でかわした敵のミサイルは、ドローンのちょうど前方の雪原へと着弾し、激しい炎とともにド派手な大爆発を起こした。そして、その爆発によって発生した猛烈な高温の爆風が、前面に配置されたサカモトの身体をすぽっと包み込んでいたのだ。
「え〜湯や……」
サカモトは爆風の温もりに包まれながら、うっとりと恍惚の表情を浮かべていた。
──その時だった。
バックヤードの防音扉の向こうから、お客様のご来店を告げるあのお馴染みの『入店音』が静かに店内へと鳴り響いた。
ピロリロリーン♪
「ルカ君、このまま何とか逃げ切ってくれ!」
「はい!」
俺はルカ君にそう言い残すと、バックヤードを出て売り場(店内)へと戻った。
「いらっしゃいませ〜!」
声を掛けながら売り場を見渡し、来店したお客様の姿を探す……。だが、店内には人影などどこにも見当たらない。
雑誌コーナー、ドリンクのリーチインクーラーの前、チルド弁当の棚……商品棚の列をくまなく歩いて探すが、お客様の姿はやはり影も形もない。
「おかしいな〜……」
俺は首をかしげながら、確認のためにレジカウンターの中へと足を踏み入れた。その瞬間、足元にあった“何か”に豪快につまずき、俺は派手に床へと転んだ。
「うわっ!?」
あわてて起き上がり、自分がつまずいた床の上の障害物を直視した俺は、思わず絶句して叫び声を上げていた。
「せ……千石さん!!! 大丈夫ですか!?」
そこに力なく転がっていたのは、全身傷だらけで、お腹から大量の血を流して意識を失っている千石さんの姿だった──。




