第109話:自由落下のキャッチ作戦と、見覚えのある顔
『はぁ……』
ファ〇マ襲撃部隊の女ボスは冷たくため息をつくと、周囲を取り囲む四人の大男たちに向かって顎で小さく目配せした。
大男たちは無言で深く頷くと、頑丈なロープで縛られたままのサカモトを、椅子ごと軽々と上へと持ち上げた。
『ちょ……ちょっと、何しまんのや!? 一体どこへ運ぶ気やー!』
サカモトは空中でありえないほど慌てふためいてバタバタと暴れるが、大男たちの強固な足取りは一切止まらない。彼らは持ち上げたサカモトを、そのまま部屋の剥き出しの壁際まで連れていく。
女ボスは静かな足取りでその壁まで歩み寄ると、設置されたレバーを容赦なく下へと引き下ろした。
ガガガガガ……と不気味な音を立てて、強固な装甲壁が上へとせり上がっていく。その瞬間、猛スピードで極寒の大地を爆走する要塞コンビニのすぐ外の、激しい吹雪と目まぐるしく後ろへと流れる白い雪原の景色が、遮るものなくフロアへとダイレクトに露出した。
『ちょ、ちょちょちょちょ! どういうこと!? なんで壁が開くんや!!』
サカモトが顔を真っ青にして声を上げながら、椅子ごと必死に身体を揺らす。
『あなたが我々の要求に対して何も話す気がないのなら、もうこれ以上用はないわ。ここから外へ捨てます』
『ちょっと待ってぇな〜〜!! こんな超高速で走るバケモノみたいなところから落とされたら、人間簡単に死んでまうやないの!!』
『そうですね。ただ死ぬだけじゃありません。この要塞の移動速度とこの尋常じゃない高さから直に落とされたら、地面に激突した瞬間にあなたの身体は木っ端微塵にぐちゃぐちゃになるでしょうね』
女ボスは表情一つ変えず、冷酷にそう言い放った。
ストコンの画面を俺の横で食い入るように見ていたルカ君が、完全に焦りきった様子で俺の方へと大急ぎで指示を仰いできた。
「マモル店長……っ! どうしますか!? このままじゃ本当にサカモトさん、外に投げ出されて死んじゃいますよ……!?」
俺はストコンの前でどっしりと腕組みをしたまま、数秒間、脳内で激しく計算して考え込んだ。
すると、俺の後ろのスペースから、小さなモカがストコンの画面を直接見ようと慌てて前へと飛び出してきた。
「サカモトさーーーん!!!!」
さすがのモカも、羽を細かく震わせて顔を真っ青にしている。……だが、そのすぐ隣のアラクネに至っては、椅子にぐるぐる巻きに縛られて情けなく宙に浮いているサカモトの無様な姿が完全にツボに入ってしまったらしく、「ケラケラ」と小さな両手で自分のお腹を抱えながら、椅子の上で涙を流して大爆笑していた。
「マモル店長っ!!」
横でルカ君がいよいよ痺れを切らし、大声で俺の名前を呼ぶ。
「……サカモトには、このまま一度死んでもらおう」
俺は画面を見つめたまま、ボソッと低い声でそう呟いた。
「──ッ!? この、鬼! 悪魔! 生粋の引きこもりっっっ!!!!!」
その言葉を聞いた瞬間、モカが激しい怒りと絶望でワンワンと泣き叫びながら、俺の顔面にダイレクトにしがみついて激しく両手で引っ掻いてきた!!
痛っ! おい、引きこもりは今の状況に何一つ関係ねぇだろうが! 俺は心の中でそう猛烈にモカへツッコミを入れる。
「マモル店長……。いくらなんでも、見損ないました……」
隣のルカ君までもが、コントローラーを握ったまま、俺を氷のように冷たく軽蔑しきった瞳で見つめてくる。
「おいおい。お前ら二人とも、話は最後までちゃんと聞けよ」
俺は顔面にぴったりとしがみついて大泣きしている小さなモカの身体を、指先でひょいとつまみ上げてデスクの上へと下ろし、真剣な表情で話を続けた。
「本当にあいつを見殺しにして死なせるわけじゃないんだ。いいか、今この狭い控え室の中で、俺たちのドローンが無理に飛び込んで大男たちと戦ったとしても、部屋の構造上、サカモトを無事に救出できる確率は限りなく低い。……だったら、あいつらに一度サカモトを外に投げ捨てさせて、障害物の何もない空中で落ちてゆくサカモトを、このドローンのアームでダイレクトにキャッチした方が、トータルの生存確率は圧倒的に上がるってもんだ」
俺のゲーマーらしい合理的な説明を一通り聞いて、ルカ君はハッと息を呑み、深く納得したように激しく頷いた。
「たしかに……! すみませんでしたマモル店長、てっきり本当にサカモトさんを見捨てようとしたのかと……」
「いいんだ。だけどルカ君、この作戦の成否は、君のその超人的なドローン操作技術に100%かかっている。要塞から外の虚空へ投げ出されたサカモトの、落下するスピードと風の抵抗による細かい距離を瞬時に頭で計算してドローンを飛ばさなきゃ、地面に激突する前にキャッチすることは不可能だからね」
「そう……ですね……。よし、何としてでも……やってみせます!」
ルカ君はそう言って表情を引き締めると、手元のコントローラーを構えてモニターの映像を極限まで凝視した。
画面の向こうでは、相変わらずサカモトがコテコテの関西弁でなんやかんやと必死の命乞いを捲し立てているが、ファミマの女ボスは全く取り合う気はないようだ。
ついに諦めたように女ボスが両手を左右に広げ、それから大男たちに向かって「投げ捨てろ」と冷徹なジェスチャーを送った。
四人の大男たちは深く頷くと、サカモトをその怪力で軽々と頭の上まで持ち上げ──そのまま開いた要塞の壁の向こうの暗い虚空へと、勢いよく投げ捨てた。
「今だッッッ!!!! ルカ君行け!!!」
俺はストコンの横で力強く指示を出す。
「了解です!!!」
ルカ君は事務机の下の死角から、最高出力のハイスピードでドローンを一直線に急発進させ、そのまま開いた壁の隙間から外の激しい吹雪の空へとダイブした。
そのドローンが室内から外へ飛び出すまさに一瞬の間、ストコンのモニターの隅に、ドローンの接近に驚いたあの女ボスの美しい顔が一瞬映し出された。
(……ん? 待てよ……。あの女の顔……どこか……以前どこかで見たような、妙な強い見覚えが……?)
そんな俺の些細な疑問を置き去りにしたまま、ドローンは激しい風の音を立てて落下するサカモトの姿を必死に探す。外は猛烈な吹雪のせいで著しく視界が悪い。どうやらファミリーマートの移動要塞は、想像以上のかなりの高高度のエリアを走行していたようだ。地面まではまだそれなりの距離がありそうだ。
「いたあぁああああ!!!!」
デスクの上で画面を見ていたモカが、鋭く叫んだ。
モカが細い指で指差したはるか下方の方角に、椅子に縛られた状態のまま、激しい風に煽られて「くるくると」不規則に回転しながら真っ逆さまに落ちていくサカモトの姿が確かに捉えられた。
「捉えました!」
ルカ君は的確にコントローラーのレバーを操作し、ドローンの機首を落下するサカモトの軌道へと真っ直ぐに向けて急降下させる。
みるみるうちに画面の中のサカモトとの距離が縮まっていくが、それと同時に、視界の下側から白銀の地面の境界線も猛スピードで同時に迫り上がってきている。
「早く!! 早くキャッチしてルカ君!!!」
モカがデスクの横で羽をバタつかせて必死に叫ぶ。
サカモトはあまりの高速回転で完全に目が回ってしまったのか、すでに意識が朦朧としてグッタリと首を垂らしている。
ルカ君がドローンの下部から二本の金属製アームを限界まで長く伸ばし、サカモトをキャッチしようとギリギリまで接近を試みるたび、激しい風のせいで椅子の落下軌道が急に変り、アームの指先が虚しく空を切って掴めない。視界のすぐそこまで、冷たい雪原の地面の凹凸が迫ってくる。
「ルカ君、もう時間がないぞ! 地面が来る!」
「わかってます……っ!!」
ルカ君が機体の出力をさらに引き上げ、気合いと共に再度サカモトの背後への超接近を試みる。
タイミング的にも距離的にも、間違いなくこれが最後のチャンスだ。
ドローンの金属アームの指先が、スローモーションのように少しずつ、少しずつ、落下するサカモトの身体へと近づいていく……。
「いけぇええええええええええええええエエエッッッッッッッ!!!!!!!」
俺とルカ君、そしてモカの声がバックヤードに重なって響いた!!!!
ガシィイイイイインッッッ!!!!!
強烈な金属音がスピーカーから響き渡る。
ドローンの強固なアームが、サカモトがぐるぐる巻きに縛り付けられていた木製椅子の太い脚を、地表スレスレのところで完璧に力強く掴み取った。
「よっしゃぁあああああああ!!!!!!! 決まったァアアアア!!!!!!」
俺とルカ君、そしてモカは、バックヤードでハイタッチを交わさんばかりの激しい歓声を上げた。……未だに椅子の上で一人で転げ回って笑い続けている、マイペースなアラクネを除いて。
ドローンはサカモトを掴んだまま、残った出力でゆっくりと高度を下げ、完全に目を回して気絶してしまっているサカモトの身体を、静かに冷たい雪原の上へと安全に着地させた。
「ふぅ〜〜〜……」
俺は心底からの大きな安堵のため息をつき、全身の力を抜いてパイプ椅子へと深くもたれかかった。
危機は脱した。……さあ、命からがら要塞から救い出したこの気絶したサカモトを連れて、俺たちはこれから一体どう動くべきかな……。




