第108話:地獄の控え室と、店長の誇り
「マモル店長……準備は、いいですか?」
ストコンの前に座るルカ君からそう真剣な声で聞かれ、俺は喉をゴクリと鳴らして深く頷いた。
ルカ君はコントローラーを握ったまま、少し首を傾げて俺のさらに後ろの空間へと視線を向けた。
「お二人も……準備はいいですか?」
俺の後ろのスペースには、いつの間にかパイプ椅子にちょこんと座ったアラクネがいて、その細い肩の上には、モカがちょこんと腰掛けていた。だが──問題はそこじゃない。
二人は一号店の売り場から、自分たちが各々好きなお菓子を勝手に大量に持ち寄っており、狭いバックヤードの一角で、さながら「深夜のプチ女子会パーティー」を絶賛開催している真っ最中だったのだ。
俺はポテチを齧る二人に向かって、盛大に呆れ果てた顔を隠そうともせずに言った。
「おい、お前らなぁ……少しは作戦前の緊張感ってものを持てよ! 特にモカ! 今画面の向こうで危機に瀕してるのは、お前の直属のボスなんだぞ!?」
俺は肩の上のモカを親の仇のように鋭く睨みつけ、語気を強めて言った。
「……ちっ」
案の定、他の二人には聞こえないような、蚊の鳴くような小さな声で的確に舌打ちをしてくるモカ。
俺の脳内で怒りの血管がブチブチと音を立てて震え上がるが、自分のすぐ隣でアラクネの大きな瞳が「またモカをいじめるの?」と言わんばかりに厳しくこちらを監視している今、下手にモカに食って掛かって二発目の赤パッチン(労災)を喰らうわけにはいかない。
俺は強引に怒りを鎮めてストコンへと向き直り、隣のルカ君へ力強く指示を出した。
「……行ってくれ!」
「はいっ!」
ルカ君は短くそう返事をすると、手元のコントローラーを滑らかに操作した。
画面の向こうのファミマ要塞の通路で、最新ドローンの下部ハッチがウィーンと開き、中から細く機能的な二本のアーム(ロボットアーム)がスルスルと伸びていく。その精密な指先は、ゲームのキャラを操るかのように器用に『セ〇ン店長ご一行様 控え室』の金属製のドアノブを掴んでゆっくりと回し、重厚なドアを外側に気付かれないよう、数センチずつ静かに開けていった。
開いたドアの隙間から、何やら緊迫した人間の話し声が漏れ聞こえてくる。
ルカ君はドローンの先端から超高感度の集音マイクを細長く伸ばし、部屋の内部の声をストコンのスピーカーへと拾い上げた。
『──待ってやぁ……。ほんまに、ワイは何にも知らんのよ〜……』
歪んだノイズの向こうから、聞き馴染みがありすぎるコテコテの関西弁がハッキリと聞こえてきた。間違いなくサカモトだ。
『嘘やないって、さっきから何度も何度も言ってるやないの……』
サカモトの情けない声は綺麗に拾えるのだが、その話し相手となっている人物の声が異様に小さく、ボソボソとしていてここからでは上手く聞き取れない。
「ルカ君、マイクの音声感度をもう少しだけ上げられるか?」
「……無理です。もうこれ、本部のシステム上の最大感度まで上限いっぱいに上げてる状態なんで……っ」
ルカ君が申し訳なさそうに、コントローラーを握りながら首を横に振る。
「……チッ。だったらやっぱり、リスクを冒してでもドローンをもう少し中に近づけるしかないな……」
「やってみます!」
ルカ君はそう言うと、コントローラーのレバーを慎重に倒し、ドローンの姿勢制御アームを巧みに操りながら、開いたドアのわずかな隙間から音もなく部屋の内部へと入り込んだ。
部屋の床スレスレの『超低空飛行』を維持しながら、並べられたオフィスデスクや椅子の物陰に機体を隠し、中の様子をじっと伺う。
カメラが捉えた部屋の中央には、頑丈なロープで椅子にぐるぐる巻きに縛り付けられたサカモトが座らされていた。そして、その周囲を威圧するように威嚇する、スーツ姿の四人の大男たちと──その中心に立つ、一人の冷徹な目つきをした人間の女が完全に囲んでいた。
どうやら、その中央の女がこの襲撃部隊のボスのようだ。
ルカ君はドローンを事務机の下へとさらに低空で潜り込ませ、サカモトたちの足元まで静かに近づけていく。その瞬間、集音マイクにその女ボスの冷たい声がバッチリと入ってきた。
『あなたが、あのロー〇ソンを崩壊させるための重要な【USB】を隠し持っていることは、すでに本部の調査ですでに割れているのですよ。……早くこちらに渡した方が、ご自身の身のためですよ? 我々は上層部(本部)から、万が一ここで“不慮の事故”が起こっても一切構わないと、確実な許可をもらっているのですから』
『なんや恐ろしいこと言わんといてや〜……。“不慮の事故”って、要するにワイを事故に見せかけてここで綺麗に殺すっちゅーことかいな?』
『素直にUSBを出して従うのであれば、あなたをファ〇マの「特別幹部」のポストに就かせてあげるって言ってるのよ。決して悪い話ではないでしょう? この異世界におけるすべての物流の要である【ゲートウェイ】を我々ファミリーマートが完全に独占すれば、ロー〇ソンやセ〇ンを含めた他のコンビニ各社は、物資が途絶えて全店強制閉店するしかなくなるんだから』
女ボスの冷酷な脅しに対し、縛られたサカモトは頭を大きく振って、鼻で笑ってみせた。
『そりゃあ、あんまりなやり方やないの〜……。もっとこう、大手同士正々堂々と売り場で戦わんとあかんわ。あんたんとこも、現にこんなごっつい戦車みたいな移動要塞コンビニを異世界で作れるだけの、凄まじい技術力があるんやから……。汚い真似せんと、普通に「商品力」のクオリティだけで真っ向勝負したらええやないの』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ストコンのモニターの前で画面を見つめながら、俺は思わず小さく息を呑んだ。
……あのサカモトのクソ野郎、普段は詐欺師みたいに俺を騙してくるくせに、こんな敵の本拠地の絶体絶命の尋問の中で、珍しくめちゃくちゃまともで店長らしい熱い正論を吐いてるじゃないか……。
俺はサカモトの予想外の男気に少しだけ胸を熱くしながら、ドローンのアームをいつでも動かせるよう、画面の向こうでサカモトを縛るロープを解いて助け出すための、完璧な一瞬のチャンス(隙)をじっと伺い続けるのだった──。




