第103話:ゲーマーのプライドと、極寒の弾幕
ガサガサ……。
俺はデスクの上のポテトチップスの袋に手を突っ込んだ。だが、指先に触れるものは何もない。
「……空か。」
俺は中身が空になった袋を片手で持ち上げ、クシャクシャに丸めて足元のゴミ箱へと放り捨てた。
あれからルカ君は、一言も口を利かないまま黙々とキーボードを叩き、ドローンをローソン本部のある南の方角へと操作し続けている。
ゲートの謎を解いて俺を元の世界へ帰したいという彼の気持ちも、本社の命令に逆らえない悔しさも、俺には痛いほどよく分かる……。だけど、今の俺にはどうすることもできない。
俺はただ口を閉ざしたまま、ストコンのモニターが映し出す代り映えのしない白い雪原の映像を、ぼんやりと眺めるしかなかった。
そんな沈黙が続くバックヤードで、突如としてルカ君が勢いよく立ち上がり、俺の方を真っ正面から見据えた。
「マモル店長……! 僕は……っ、マモル店長が大好きです!!」
「ど……っ、どうしたんだ急に!?」
あまりにも突然すぎる涙ながらの告白に、俺は完全に戸惑って声を裏返らせた。
ルカ君は喉元まで出かかっている感情の言葉を何度も何度も激しく飲み込みながら、自分の胸の奥から本当に伝えたい言葉が絞り出されるのを必死に待っている。
「姉さんだって……! 姉さんだってきっと、マモル店長のことが好きなんだと思います……! だから……僕たちは本当は、マモル店長に元の世界へ帰ってほしくなんかありません……っ!」
「…………」
俺は言葉を失い、ただ黙ってルカ君の濡れた瞳を見つめ返すことしかできなかった。
「だけど……っ! だからって、このまま本社の命令通りにコソコソと引き下がるなんて……そんなの、僕たちの知ってるマモル店長らしくないですよ!」
ルカ君の熱い言葉がバックヤードに響き渡る。
「マモル店長は馬鹿で、エッチで、情けない男だけど……! 引きこもりのウジウジした男だけど……!」
おいおい……ちょっと待てルカ君、いくらなんでも一気に言いすぎじゃないか……? まあ、何一つとして否定はできない悲しい事実ではあるけれど……。
「でも……! こんな組織の都合なんかで、途中で諦める男じゃないはずです! ゲーマーは、目の前にとてつもない困難や高い壁がぶち当たった時こそ、一番激しく燃え上がるんじゃないんですか!!」
ルカ君に真っ直ぐな目でそう言い放たれ、俺はガツンと頭を殴られたような衝撃と共に、一度深くうなだれた。
……たしかに。たしかにそうだ。
俺は現実世界では何の役にも立たない、ただの生粋の引きこもりであり、社会の底辺のゲーマーだ。だが、あの部屋で画面に向かって牙を剥き続けていた数千、数万時間の日々は、紛れもない俺の唯一の人生の証だ。
俺は現実の人間関係からは逃げ出した卑怯者かもしれないけれど……ゲームの世界のルールの中でだけは、他人も、自分自身のプライドも、一度だって裏切ったことはない……!
俺の胸の奥で、消えかけていたゲーマーの火種が、一気に爆発的な業火となって燃え上がった。
俺はおもむろに、力強く床を蹴って立ち上がった。
「ルカ君……! 今すぐその最新ドローンを、全速力でUターンさせてくれ! 命令違反だろうが知るか! あのファ〇マの要塞コンビニと、正面から盛大に一戦交えるぞ!!」
ルカ君の大きな瞳に、今度は歓喜の涙がみるみるうちに滲んでいく。
「──はいっ!!」
ルカ君は細い腕でゴシゴシと涙を力強く拭うと、電光石火のタイピングでドローンを反転させ、再び北の国へとUターンさせた。
俺はストコンのモニターの前でどっしりと腕を組み、仁王立ちになって不敵な笑みを浮かべる。
「やってやろうじゃないか! 異世界の大企業がなんだ! 引きこもりニートの、画面の前の本当の力を見せてやる!」
雪原を猛スピードで逆戻りしていくドローンの臨場感あふれる映像を見つめながら、俺は胸の内で熱い決意を完全に固めた。
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Uターンしてからしばらくドローンを進めると、画面の向こうに、先ほどのあの巨大な要塞コンビニの異様なシルエットが再び大きく見えてきた。
「ルカ君、まずは見つからないように周りを大きく旋回して、侵入経路となる入口を探そう!」
俺が隣のルカ君にそう指示を出すと、ドローンは要塞コンビニの周囲を大きく円を描くように旋回し始めた。
しかし、近くに行けば行くほど、その一切の隙を排した頑強な鋼鉄のシルエットに、俺たちは本能的な恐怖で恐れおののく。
「……なんだか、本当にゲームのラスボスが立て籠もる城みたいなシルエットですね」
ルカ君がキーボードを叩きながら、緊張で声を震わせて呟く。
「そうだね。……でも、ゲームの城なら、俺たちの手にかかれば攻略できないステージなんて絶対にないよ」
俺はそう言って、怯えそうになるルカ君の肩を後ろからそっと力強く叩いた。
ルカ君は一瞬だけニヤッと不敵に笑うと、「そうですね!」と力強く答えて画面へと全神経を集中させた。
その時だった。ストコンの画面に映し出された要塞の外壁のあちこちで、禍々しい赤いランプが激しく点滅し始めた。
「なんだ、あれ……!?」
俺は嫌な予感がして、その赤い光を指差した。
「なんでしょう……っ!?」
ルカ君も首をかしげた、まさに次の瞬間だった。
画面の向こうの極寒の雪原に、凄まじい警告音が鳴り響くと同時に、大気を引き裂くような轟音が轟き、要塞から何かが猛スピードで発射された。
『──緊急警報。ミサイル接近。回避してください……回避してください……』
バックヤードのストコンから、本部の機械的な合成音声の緊急アラートがけたたましく鳴り響く。
「くっ……! 避けてくれルカ君!!」
「うわあああーーーっっ!!」
ルカ君は叫びながらコントローラーを斜めへと限界まで倒し、ドローンを強引に急旋回させて迫り来る飛翔体を間一髪でかわした。
ドローンのすぐ後方の雪原で、視界が真っ白になるほどの大爆発が巻き起こる。
「うおおおおお!!!! なんだあいつら!? もう完全にこっちの隠密がバレてんのかよ!!」
俺が叫ぶのと同時に、要塞の頑強な外壁の一部が観音開きにガガガと開閉し、中から無数の対空ミサイルが容赦なく連射された。
「ルカ君!!! そのまま連続旋回だ!!! 動きを止めるな!!!」
俺はストコンの横で声を枯らして叫ぶ。
「ひぃいいいいいん!!!!!」
ルカ君も情けない悲鳴を上げながら、半ばトランス状態でドローンを神がかった指さばきで操作し、画面を埋め尽くすように連射されるミサイルの群れを奇跡的な挙動でかわし続けていく。
そこへさらに、要塞の頂点から天に向かって強烈な「閃光弾」が何発も打ち上げられ、北の国の暗い夜空と一面の雪原があたり一面、真昼のように真っ白に照らし出された。
まばゆい光の海に照らされて、ファ〇リーマートの全貌がくっきりと画面に映し出される。
それはもはや、コンビニとは到底思えない無骨で冷酷な鉄のシルエットであり、外壁のいたる場所に重火器が完全武装された、まさに移動要塞そのもののバケモノだった。
要塞のハッチが次々と開き、さらに数を増した無数のミサイルがドローン目掛けて一斉に発射される。
それを爆風の隙間を縫うようにして何とかかわしながら、ルカ君は額から汗を大量に吹き出し、必死の形相で俺の方を見た。
「ルカ君、何とかそのまま気合いでかわし続けてくれ! 雪原を照らすあの閃光弾のせいで、俺たちのドローンも隠れる場所を失ったが……その代わり、敵の要塞の構造もこれで隅々まで丸見えだ! この光があるうちに、俺が何としても侵入口を見つけてみせる!!」
「はいぃいいいいい!!!!! 頼みます店長ーーーっっっ!!!!!」
激しい魔導ミサイルの爆音と警報が鳴り響く狭いバックヤードに、ルカ君の決死の絶叫が木霊するのだった──。




