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第四話:泥を啜る報復

カイは雪原を駆けながら、頭の中で状況を整理した。


(……取り巻き三人は、俺が森から戻る前に村に着いた。五郎は俺がハナを置いて出たと思って、まずハナを人質に取ろうとした。だが、家にハナはいなかった。それで、お吉の小屋に目をつけたのか)


風に乗って、五郎の怒鳴り声がまた届く。


「お吉ッ! 水呑が水呑を匿うなど、許されると思うか! ハナを出せば、お前の罪は問わん!」


カイは、村に入る寸前で『野性の勘』を最大限まで絞り込んだ。


(……お吉の小屋の前に、五郎、取り巻き三人、それと——もう一人。気配が重い。武士か)


『勘』が伝える「気配の重さ」が、村の連中とは明らかに違う一つを告げていた。槍の男・棒切れ二人組と並んで、もっと「鈍く、重い」殺気を持つ者がいる。


(まさか、武士まで連れてきたのか。……取り巻きから話を聞いた五郎が、村長の権威じゃ俺を抑え込めないと判断して、代官所に駆け込んだのか)


カイは雪の上で足を止め、息を整えた。


熊の毛皮と胆嚢、肉を背負ったままだ。返り血が固まり、ボロ布は引き裂かれている。


(……武士が混ざっているなら、力では押し切るのは難しいだろう。剛力もクールタイムが残ってる)


カイは、熊の毛皮を背負い直し、ゆっくりと、しかし堂々と村へ入っていった。


——


お吉の小屋の前。


そこには、想像通りの顔ぶれが揃っていた。


村長の息子・五郎。


取り巻きの男三人——一人は後頭部に布を巻いて呻いている。


そして、立派な直垂を纏い、腰に二本差しの太刀を佩いた、若い武士が一人。


役人にしては、若い。歳の頃は二十代半ばか。眉が太く、目つきは鋭いが、五郎たちを見る顔には明らかに不快感が浮かんでいた。


役人の足元には、お吉が引きずり出され、雪の上で震えていた。お吉の頬は腫れ、口の端から血が流れている。


——だが、お吉を打擲したのは、役人ではない。


カイの『野性の勘』が、それを告げていた。役人の足元に乱れはなく、拳を振った気配の残滓もない。代わりに、五郎の取り巻きの一人——棒切れの男の手に、まだ「人を打った」熱が残っている。


「五郎。先ほどから何度も申しておるが、これは代官所の案件ではない。村長家の私事として、私に随伴を強要する道理はない」


役人の声は、若いが冷たい。


「い、いや、それが、これは大事になるやも知れぬのです、太田おおた様。実は、村に入り込んだ水呑が、私たちの財物を盗み、しかも我が家の取り巻きを襲撃した事件でして」


「……盗み、襲撃。重い言葉だな」


太田と呼ばれた若い役人は、五郎を一瞥した後、足元のお吉を見下ろした。


「だが、そなたらが先ほど打擲したのは、その盗人ではなく、この老婆だな? 目撃した。私の前で、平然とな」


「あ、あれは、こやつが盗人を匿っているからでして」


「証拠は」


太田の一言が、五郎の言葉を切り捨てた。


(……役人が、五郎の言いなりじゃない。しかも、五郎を疑っている)


(この役人は、まともだ。なら、勝負は——「真実」だ)


カイは雪を踏みしめ、その場に踏み出した。


「……お騒がせしております」


カイの声が、凍てつく空気を切り裂いた。


雪煙を巻き上げ、巨大な黒い塊を背負った少年が現れたことに、その場の全員が息を呑んだ。


「カ、カイッ……! お前、生きて……っ」


五郎の顔が引きつる。


取り巻きの三人が後ずさり、一人は槍を構えようとした——が、その手は震えていた。先ほどの一撃の恐怖が、まだ残っているのだ。


太田の目が、カイの背負った熊の毛皮に向けられた。


「……それは、北の森の主か」


「はい。先ほど、仕留めて参りました」


太田の眉が、わずかに動いた。


水呑が一人で熊を仕留めて戻ってくる。村人ではあり得ない事態であることを、武士の目はすぐに見抜いた。


「太田様! こやつが、私の家の財物を盗んだ水呑です! 我が家の取り巻きが、それを取り戻そうと追ったところ、こいつは——」


「五郎、黙れ」


太田は手を上げて五郎を制した。


「貴殿の話は、もう三度聞いた。今は、当事者の話を聞く番だ。……水呑、名を申せ」


「カイ、と申します」


「カイ。先ほど、五郎の家の取り巻き三名を雪道で襲ったのは、お前か」


「襲ったのではありません。五郎様の家の取り巻きが、武器を持って私の後を追ってきました。私は妹の薬を取りに行くため、村を出ようとしただけです。彼らの方が先に槍を構えました。私はそれを峰打ちで一人気絶させ、残り二人は槍を奪うことで動きを止めました。三人とも、命を取ってはおりません」


カイは、淡々と事実を述べた。


太田は、後頭部に布を巻いて呻いている男を見た。


「……傷は、後頭部一発だけだな。確かに、命を取る一撃ではない。」


太田は次に取り巻きの男たちに視線を向けた。


「お前たち。槍を担いだ三人で、雪道で水呑一人を追った——これは、何の用件だ。盗人を捕らえに行ったのなら、なぜ追いついた時に見つけた盗品を確認できなかった」


「そ、それは……」


「答えられぬか。では、そもそも盗まれた財物とは、何だ。五郎、貴殿の口から、もう一度申してみよ」


「あ、あれは、その……母の形見の、かんざしで……」


「そのかんざしの特徴は」


太田の追及は、容赦なかった。


カイは内心で舌を巻いた。


(……この役人、頭がいい。五郎の話の穴を、一つずつ突いている)


五郎は答えに詰まり、汗を流した。


「えっ、と……銀の、銀の細工で……」


「整理すると、このカイと申すものは、貴殿の母の形見である銀のかんざしを盗み出し、この老婆がそのかんざしを隠していると、そう申しているわけだな?」


太田は雪の上を一歩進み出た。


「五郎。お前が、何かを隠していることは明白だ。村長家として、代官所への報告事項をでっち上げた疑いがある。これは武家にとって重大な違反だ。……正直に話せば、温情の余地はある」


「ち、違います、太田様! 本当に盗まれたのです、本当に!」


「ならば、その盗品の在処を、今ここで申せ。お前自身の口から」


——五郎の口は、開かなかった。


カイは黄金の樹に意識を伸ばした。今、この瞬間、SPを使うべきだった。


(……役人は、もう七分通り、こちらを信じてくれている。だが、決定打が要る。五郎が何をでっち上げたのか、その「中身」を暴かなければ、結局は水掛け論で終わる)


(俺に必要なのは、五郎の状態を、目で確かめる手段だ)


【保有SP:15。習得可能なスキルを表示します】


【習得可能スキル】


1. 『鑑定(Lv.1)』 必要SP:5

 ・素肌で触れた他者のステータスと、職、身体に表れた状態を読み取る。

 ・物質や書状、薬の真贋・成分を、視認のみで読み取れる。

 ・読めるのは「事実」のみ。心の中身、隠し事の中身、思考は読めない。


2. 『冷静沈着(Lv.1)』 必要SP:5

 ・恐怖や怒りといった感情を一時的に遮断する。

 ・思考を加速させ、論理的な判断を可能にする。

 ・常時使用可能だが、使用中は野性の勘や剛力などの効果がなくなる。


3. 『交渉(Lv.1)』 必要SP:5

 ・相手の表情や所作から嘘を読む。

 ・自分の言葉に説得力を載せる。

 ・触れる必要はないが、相手の様子が見えていることが条件。


(三つ全部だ。一つも欠かせない)


カイは、迷わず三つのスキルすべてに意識を集中させた。


【スキル:『鑑定(Lv.1)』『冷静沈着(Lv.1)』『交渉(Lv.1)』を習得】

【SP:15 → 0】


その瞬間、カイの脳内に氷水を流し込まれたような静寂が訪れた。


『冷静沈着』を起動。怒りも、お吉への申し訳なさも、ハナへの心配も、すべて思考の脇に押しのけられ、目の前の状況だけが研ぎ澄まされた論理として浮かび上がる。


——同時に、これまで戦場で頼ってきた『野性の勘』の感覚が、すっと遠のいた。世界の解像度が、人間の通常の視野まで下がる。気配も、殺気も、もう読めない。


(……そういう仕組みか。冷静になる代わりに、勘は失う)


カイは、まずお吉に駆け寄った。


「お吉婆さん、しっかり!」


お吉の頬の血を雪で拭うため、指先がお吉の頬に触れた瞬間。


——これまで自分にしか見えなかった「数字」が、初めて他者の上に浮かんだ。


【対象:お吉】

【職】:寡婦・元百姓

【体力】:18 / 22 (打撲・口腔内出血)

【武力】:3 / 8

【知力】:12 / 20

【魅力】:14 / 18

【統率力】:6 / 10


(……他人にも、効く。本当に効く)


そして同時に、カイの理解が一段、深まった。


体力に「現在 / 上限」があるように、他のステータスにも「現在 / 上限」がある。お吉婆さんの武力は「3 / 8」——いま3、本来は8まで届く。


(なるほど、人にはそれぞれ、生まれ持った天井ってもんがあるのか)


それが分かると、お吉婆さんの数字の「重さ」も腑に落ちる。お吉婆さんは戦う人間ではない。だが、知力12は、村の中ではかなり高い部類だろう。


「……婆さん、ハナは」


お吉は、目だけで「床下、無事」と伝えてきた。


カイは小さく頷き、立ち上がった。


——次は、五郎だ。


「五郎様」


カイは、不自然なほど穏やかな声で五郎に近づいた。『交渉』のスキルが、声に重さを乗せている。


「太田様の前です。村長家の方が、そのような汚れたお姿では、村の恥になりましょう。失礼して、肩の雪を払わせていただきます」


「な、なに……寄るな……っ」


カイの指が、五郎の首筋に——衣の隙間から、素肌に触れた。


ほんの一瞬。


【対象:五郎】

【職】:村長子息

【体力】:45 / 45

【武力】:35 / 40

【知力】:8 / 14

【魅力】:6 / 12

【統率力】:18 / 25


カイの脳内で、瞬時に情報が並んだ。


(……武力35。やはり強い、、)


『鑑定』は心の中身を教えてはくれない。だが、五郎の身体が示す「事実」は、十分にカイに語りかけていた。


(……ここから先は、俺の頭で組み立てる)


『冷静沈着』が、瞬時に推察を進める。


(——重要なのは、太田様が登場前から「代官所の案件ではない」と言っていたこと。つまり、太田様自身は今ここに「公務」では来ていない。そして、五郎は太田様を引きずり込もうと必死。逆に言えば、五郎は太田様の何かを利用したい)


(——なんだ、、なにが五郎の目的だ。。俺やハナを痛めつけること?村から追い出すこと?何かがおかしい、、、)


カイの背筋を、興奮にも似た冷気が走った。


『冷静沈着』のおかげで、推察が滑らかに進んだ。野性の勘が消えた代わりに、論理だけが冴え渡る。


カイは、五郎の状況を、もう一度、頭の中で並べ直した。


(——太田様は「公務ではない」と言いながら、なぜ村に来た? 偶然立ち寄っただけなら、五郎の騒動に首を突っ込む義理はない。なのに、こうして居続けている)


(——逆だ。太田様は、村に何かを「気にして」立ち寄った。そして、それを五郎は、知っている、もしくは察している)


(——そして俺だ。なぜ五郎は、ここまで必死に俺を始末しようとした? ただの泥ネズミ一人を、なぜ取り巻き三人を槍持たせて追わせた? ハナを連れて村を出ることが、なぜそんなに困る?)


カイは、自分自身を見つめ直した。


水呑のカイ。戸籍はない。死んでも誰も気に留めない、人ですらない存在。


——だが、戸籍がないということは、村の外に出れば、何の制約もなく「外」で口を開けるということでもある。


(——俺は、村の中にいる時は、ただの泥ネズミだ。だが、村の外に出て、誰かに「俺の村は、何かおかしい」と一言でも言えば——それは、村にとって始末しきれない「証言」になる)


カイの背筋が、震えた。


(——五郎は、俺が村を出ることを、何としても止めたかった。それは、村に「外に漏らしてはいけないこと」があるからだ)


(——そして、太田様は、そのことに気付きかけて村に立ち寄った。だから「公務ではない」のに、ここに居続けている。確証が取れたら、公務に切り替えて踏み込むつもりだ)


カイの視線が、五郎の右の袂で、わずかに止まった。


先ほど鑑定した時、衣の隙間から指先で触れた感触——五郎の右袂の内側に、紙の重みを確かに感じた。普通の道中で持ち歩くようなものではない。慌てて持ち出してきた、何か。


(——五郎は、村長家から何かを慌てて持ち出した。俺やハナを始末しに来る前に、家に戻って、まず手元に持ってきた書状か帳簿。それは、俺たちを始末する道具ではなく、「家の外に置いておけないもの」だ)


カイは、答えに辿り着いた。


(——年貢。村長家は、代官所に申告している年貢を、誤魔化している)


戦国の世において、村の不正で最も多いのは、隠し田と隠し米だ。村長家が代官所に「収穫はこれだけでした」と少なめに申告し、差分を懐に入れる。それが露見すれば、村長家は失脚どころか、村ごと処分される。


(——五郎は、その帳簿か走り書きを、慌てて袂に入れて持ち出した。家に置いて、太田様に踏み込まれたら終わるからだ。そして、俺がハナを連れて村を出ることが、外への「証言」になり得ると恐れた)


カイは、五郎の耳元に、太田にも聞こえぬ小声で囁いた。


「五郎様。……右の袂に、紙片が一枚、ございますね」


「っ……!?」


五郎の顔から、一瞬で血の気が引いた。


両膝が、ガクッと折れた。


(——当たりだ)


カイは、続けて囁いた。


「家に置いては、まずいものでしたか? 太田様に踏み込まれては困るような、何か」


五郎は、声にならない悲鳴を上げて、後ずさろうとした。


カイは、声を一段大きくした。今度は、太田にも聞こえる声で。


「太田様。……五郎様の右の袂に、何やら紙片があるご様子。家に置けず、慌てて持ち出されたお品のようでございます。差し支えなければ、お検めいただけませぬか」


太田の目が、ピクリと動いた。


「……五郎。袂を出せ」


「ち、違います! それは、ただの——」


「出せ、と申しておる」


太田の声が、初めて武士のものに変わった。


五郎の手は震え、袂に手を入れることすらできない。


カイは静かに、しかし強く五郎の腕を取り、その袂から一枚の紙片を引き抜いた。


それを掲げる。


太田が紙片を受け取り、広げた。


太田の目が、見開かれた。そして——細められた。


「……これは、当村の収穫高と、代官所への申告高の比較を記した、走り書きだな」


太田の声は、もはや若い武士のそれではなかった。


「上段に書かれた数字と、下段に書かれた数字に、明らかな乖離がある。……三割。隠し田と隠し米、合わせてざっと三割の不申告だ」


「ち、違いま——」


「五郎」


太田は、紙片を閉じ、五郎を見下ろした。


「私は、当村の年貢量と、近年の作柄が合わぬことを、年単位で疑っていた。だから今日、私服でここに足を運んだ。確証が取れぬまま、事を構えたくなかったからだ」


「……っ」


「だが、貴様自ら、ご丁寧に証拠を懐に入れて持ち出してきてくれた。これより、これは公務とする」


太田は、配下の足軽に命じた。


「五郎を縛れ。代官所まで連行する。村長殿には、追って正式に取り調べの旨、伝えよ。村の他の者にも、年貢帳簿の押収について沙汰を出す」


「は、はっ!」


五郎は雪の上に頽れ、声にならない声で何かを呻いた。


取り巻きの三人は、その場で武器を捨て、土下座した。


カイは、この一連を冷静沈着の解除されたまっさらな目で見ていた。


(……決まった。村長家は、終わりだ)


『冷静沈着』を解いた瞬間、ようやく胸の奥に、小さな熱が戻ってきた。


——勝った。


水呑として、村長家を、五郎を、完全に上回った。


戸籍のない泥ネズミだったはずの自分の「存在」が、村の不正の前で、確かに「証言」として効いた。それが、何よりも、自分でも信じられなかった。


——


太田は、手早く部下に指示を出した後、カイに向き直った。


その目には、もはや「水呑」を見る目はなかった。


「カイ、と言ったな」


「はい」


「お前は、若い」


太田は、カイの背負った熊の毛皮を見やった。


「だが、北の森の主を一人で仕留め、そして——私が年単位で確証の取れずにいた村の不正を、わずかな時間で看破した。これは、正直、私一人の判断で処理できる手柄ではない。代官に、お前の名を上げる」


「……代官様に、ですか」


「うむ。どう判断されるかは代官の胸三寸だが、少なくとも、お前の名は知れる。妹の病があると言ったな」


「はい。重い肺の病で、もう長くないと」


太田は懐から、布の包みを取り出した。


「これは、不正を看破した礼ではない。それは、武士たる私の本分だ。これは、北の森の主を仕留めた正当な武功への褒賞として渡す」


包みの中には、銅銭が三十枚ほどあった。水呑にとっては一年分の生活費に相当する。


「私が懐から出せるのは、ここまでだ。ここから先は、代官の判断による」


カイは、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。太田様」


太田は、一瞬だけ、若々しい笑みを見せた。


「お前のような者が、村長家のような腐った家に踏み潰されるのは、見るに堪えん。……達者でな」


太田は五郎を縛り上げた配下を従え、その場を去っていった。


——


カイは『鑑定』を起動したまま、太田の背を見送った。すれ違いざまに、わずかに袖が触れた瞬間——。


【対象:太田】(接触:素肌・袖越しに極短)

【職】:代官所与力

【武力】:55 / 60

【知力】:62 / 70

【魅力】:50 / 55

【統率力】:48 / 55


(……武力55、知力62。これが、武士というものか)


カイは、自分のステータスを思い出した。武力20、知力30。差は、覆すには大きすぎる。


(……『普通の武士』ですら、この高さか。これが、世界の現実なのか)


しかし、その差を見ても、不思議と諦めの気持ちは湧かなかった。


(……でも、レベルアップで、俺の天頂は上がる。北の森の主を倒した時、上限そのものが押し上がった。あれが、たぶん俺だけの、唯一の道だ)


——


残されたのは、屈辱に震える取り巻きたち、雪に頽れた村長家の名残、銅銭の包み、そしてカイとお吉だった。


「……婆さん、無事か」


「あんた、何やったんだい……」


お吉は、信じられないものを見る目で、カイを見ていた。


「いや、何もしてない。役人様が、まともな人だっただけだ」


カイは小さく笑い、お吉の小屋に駆け込んだ。


「ハナを上げてくれ」


お吉は、震える手で床板をめくった。


藁の上に、ハナがいた。


カイは膝をつき、ハナの冷たい手を握った。


その瞬間、初めて——妹の体の中身が、数字として目の前に開いた。


【対象:ハナ】

【職】:水呑百姓

【体力】:1 / 18

【武力】:1 / 4

【知力】:12 / 70

【魅力】:20 / 95

【統率力】:2 / 30

【身体に表れた状態】:肺炎重篤、低体温、栄養失調極度/このまま放置すれば三十分以内に心停止


カイの息が、止まった。


体力1。それは予想していた。


だが、そのあとに並ぶ数字が——カイを凍りつかせた。


(……知力70。魅力95。統率力30……?)


カイは、つい先ほど見た太田の数字を思い出した。


知力70。武士の中でもかなり有能だと思われる。


そして魅力95。これは——とてつもない数字なのではないだろうか。プロローグの理に従えば、九十、九十五は大名のものだ。


(……ハナ。お前、何を、生まれ持って……)


カイは、震える手でハナの頬に触れた。


(これが、知れたから何だっていうんだ。今は、ただ、生かす。生かすことが先だ)


(これまでは、肌の熱と呼吸の浅さで、ただ「もう長くない」としか分からなかった。だが今は、残り時間が見える。三十分。三十分なら、間に合う)


カイはハナを抱き上げ、自分の体温で温めた。お吉に頼み込み、熊の肉を急ぎ煮出し、出汁を含ませた粥を、ハナの口に少しずつ運んだ。


熊の胆嚢は、銅銭で薪と水を買い足し、煎じる準備に入った。


【経験値を獲得:強敵の制圧、村落支配構造の転覆を確認】

【レベル:4 → 5】

【全基本能力値の天頂が上昇】


カイの脳内で、再び黄金の樹が、より深く根を張り巡らせていく。


【対象:カイ】(17歳・Lv.5)

【職】:水呑百姓

【体力】:42 / 42 (+6)

【武力】:32 (+2)

【知力】:36 (+3)

【魅力】:53 (+2)

【統率力】:25 (+3)

【SP】:5


雪の中、ハナの呼吸が、少しずつ穏やかになっていく。


水呑百姓だった少年は、戸籍すら持たない泥ネズミの「存在」を初めて武器に変えて——村長家という、生まれた時から自分を縛っていた最初の鎖を、たった一度の交渉で完全に断ち切った。


(……守らなくちゃ、ならないものが、見えてきた)


カイの目に、もう村は映っていなかった。


その視線の先には、まだ知らない、戦国の広い世界があった。


——


■ 第四話・終 現在のステータス


【対象:カイ】(17歳・Lv.5)

【職】:水呑百姓

【体力】:42 / 42

【武力】:32(剛力使用時:57)

【知力】:36

【魅力】:53

【統率力】:25

【SP】:5


【保有スキル】

 野性の勘(Lv.1)/剛力(Lv.1)/鑑定(Lv.1)/冷静沈着(Lv.1)/交渉(Lv.1)



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