第二話:系譜の選択と、最初の一撃
ボロ小屋の隙間から吹き込む風が、獣の唸り声のように鳴っている。
カイの目の前には、黄金の樹が浮かび上がっていた。吹雪の中でも消えず、むしろ闇が深まるほどに光を増していく。
握りしめたハナの手から、熱が伝わってくる。高熱に浮かされた、命を燃やし尽くすような熱だ。
(……夢じゃない。これは、本当に俺の頭の中にある「力」だ)
【保有SP:10。習得可能なスキルを表示します】
無機質な声と共に、黄金の枝葉が文字を紡ぎ出す。水呑のカイが知るはずもない言葉なのに、なぜか意味が直接、魂に流れ込んでくる。
【習得可能スキル】
1. 『野性の勘(Lv.1)』 必要SP:5
・触れずとも周囲の生命反応・気配・殺気を察知する。
・敵の動きの予兆や、対象の急所を直感的に捉える。
・ステータス数値までは読み取れない。
2. 『剛力(Lv.1)』 必要SP:5
・発動中、武力に+25の補正を加える。
・代償として、発動の度に現在体力の一割(端数切上げ)を消費する。
・効果時間は30秒。クールタイムは30分。
3. 『冷静沈着(Lv.1)』 必要SP:5
・恐怖や怒りといった感情を一時的に遮断する。
・思考を加速させ、論理的な判断を可能にする。
・常時使用可能だが、使用中や野生の勘や剛力などの効果がなくなる
(……武力。剛力は、武力ってやつに足してくれるのか)
カイは、自分のステータス欄に並ぶ「武力20」という数字を、もう一度見つめ直した。
意味は、まだ分からない。だが、ここに「+25」が乗るなら、その瞬間、自分の武力は「45」になる。
(……二倍、いや、それ以上だ)
数字の上で、自分が何倍にも膨れ上がるという事実だけが、カイの胸の中で確かな感触になった。具体的に何ができるかは、分からない。だが、今の自分のままでは、雪山で凍え死ぬしかないのも分かる。
(選べ……選べと言うのか。今この瞬間に必要な、武器を)
カイは、ハナの掠れた呼吸に耳を澄ませた。
ハナの命の灯が、もういくらも残っていない。それは、兄として肌で分かる。
村に戻って五郎から薬を奪い返すなど、不可能だ。武力が足された自分でも、太刀を持った五郎と取り巻き三人に勝てるかは分からない。返り討ちに遭えば、ハナの死に目にも会えない。
(……奪うしかない。それも、村の外から)
カイの脳裏に、村の猟師たちが畏れと共に語っていた怪物の姿が浮かんだ。
北の森の主——片目の黒熊。
その胆嚢は万病に効く薬になり、肉は凍えた身体に活力を与えるという。熟練の猟師でさえ返り討ちに遭う、森の絶対王者。本来なら、ひ弱な水呑が狩ろうなど狂気の沙汰だ。
だが、今のカイには、黄金の枝が見えている。
(『野性の勘』がなければ、この吹雪の中で奴を見つけることすらできない。『剛力』がなければ、鉈一本で奴の毛皮を裂けない。……この二つだ)
カイは、意識のすべてを黄金の樹に叩きつけた。
【スキル:『野性の勘(Lv.1)』『剛力(Lv.1)』を習得】
【SP:10 → 0】
その瞬間、雷が落ちたような衝撃が、カイの脳内を走った。
「……ぐっ、あぁぁぁぁッ……!」
視界が白く濁る。全身の神経が作り替えられていく激痛。耳の奥に、それまで聞こえなかった「音」が爆発的に流れ込んできた。
雪が枝から落ちる音。
床下の土が凍りつく、極小さな軋み。
そして——。
(……聞こえる。森の奥で、巨大な心臓が打つ音が……!)
世界の解像度が、一段階上がった。
カイは深く息を吐き、立ち上がった。壁に立てかけられた、刃の欠けた古い鉈を手に取る。
「ハナ、待ってろ。必ず戻る」
ボロ布の布団を妹にかけ直し、カイは凍てつく戸外へ飛び出した。
——
雪は止んでいた。
代わりに、薄暗い空に雲が低く垂れ込めている。
カイは、村の外れへ向かう細い雪道を、北の森を目指して歩き始めた。
『野性の勘』を発動したまま歩くと、世界の見え方が違う。
雪に半ば埋もれた野兎の巣。
凍った沢の下で、まだ動いている小魚の気配。
遠くの林で、餌を漁る狐の足取り。
これまで「ただの白い荒野」でしかなかった景色に、生命の点が無数に灯っていた。
(……なるほど、これが「勘」か。数字じゃない。だが、確かに、わかる)
その時。
カイの背後、村の方角から、三つの「殺気」が近づいてくるのを、勘が捉えた。
(……来たか)
カイは振り返らずに、雪道の脇の倒木の影に身を寄せた。
吹雪は止んでいるとはいえ、視界はまだ白っぽい。倒木に身を伏せれば、村の連中の目では気づくまい。
「おい、本当にこっちに来たのか、あの泥ネズミは」
「五郎様が見たって言うんだ、間違いねえだろ。北の森に向かったって」
「あんな水呑、どうせ凍え死ぬだろうに、わざわざ追いかけてどうすんだよ」
「お前、馬鹿か。五郎様の言いつけだ。あいつが妹のために何か取りに行ったなら、それを横取りして手柄にしろってよ」
声は三つ。
カイは、倒木の影から、そっと首だけ伸ばして確認した。
五郎の取り巻きの男が三人。先頭の一人だけが、五郎から借りたらしい古い槍を持っている。残り二人は丸太を削っただけの棒切れだ。
『野性の勘』が、三人の動きの「重さ」を伝えてくる。槍の男が一番動きが鈍い。寒さで関節が固まっている。残り二人は若く、機敏。
(……野生の勘がこの三人は「俺より格下」と言っている)
逃げ切れる相手じゃない。雪道で追いかけられたら、消耗するのは自分の方だ。なら、ここで叩く。
カイは、倒木の影で鉈を握り直した。
賭けるのは、最初の不意打ち、一撃のみ。
カイは静かに息を整え、男たちが目の前を通り過ぎる瞬間を待った。
槍の男が、先頭で倒木の脇を通過する。
その背中が、最も無防備になった刹那——。
「『剛力』」
カイは囁くように発動の言葉を吐き出した。
【スキル:『剛力(Lv.1)』を発動】
【現在体力 13 の一割を消費——切上げ2消費】
【体力:13 → 11 / 20】
【一時補正:武力 20 → 45(+25)】
体内で熱が爆ぜた。
血管が浮き上がり、皮膚の下で筋肉が膨れ上がる。鉈を握った腕が、今までとは比べ物にならない重さで動いた。
カイは倒木の影から飛び出し、槍の男の後頭部めがけて、鉈の峰を叩き込んだ。
ゴッ、という、重い音。
「……ぐっ……」
短い呻き声を残し、男はそのまま雪の上に崩れ落ちた。気を失っただけだ。殺してはいない。殺せば、村に帰れなくなる。
「な、なんだッ!?」
「カイ、お前——!」
残り二人が、棒切れを構えて振り返った。
カイは、倒れた男の槍を蹴り上げて、左手で掴んだ。
剛力の効果はもう切れる。たった30秒。だが、それで十分だった。
「動くな」
カイは槍の穂先を、一番手前の男の喉元に向けた。
「動けば、刺す」
声は、自分でも驚くほど低く、冷えていた。
二人の男は、棒切れを握ったまま、動けなくなった。
(……『勘』が、こいつらの目の動きを教えてくれる。手前の奴、左に逃げようとしてる。……奥の奴は、棒を投げる気だ)
『野性の勘』が、二人の身体の重心の移動を、前もって教えてくれていた。
カイは奥の男に向けて、槍の柄をぶん投げた。
「いてっ!」
棒を投げようとした男の額に、槍の柄が直撃した。男はその場にしゃがみ込む。
その隙に、カイは手前の男の腹を、空いた左手で殴った。剛力なしの、ただの拳。だが、雪の中で痩せ細った男の腹には十分だった。男は膝をついて咳き込んだ。
「……お、お前、何しやがる……っ!」
カイは、転がった鉈を拾い、槍を肩に担ぎ直した。
そして、何も言わず北の森の方角へ走り出した。
背後で、男たちが何か叫んでいたが、カイは無視し、北の森に向かった。
——
雪を踏みしめて走りながら、カイは自分の身体の異変を確かめていた。
(……『剛力』、武力+25の補正は、確かに30秒で切れた。けど、その数呼吸で全部が決まる)
体力11、武力20。
だが、剛力を使えば数呼吸の間だけ別人のように動けることは、肌に刻まれた。
槍は、五郎の家から持ち出した古物だろう。穂先は錆びているが、まだ刺さる程度の鋭さはある。
これで、カイの「武器」は、鉈と槍の二つになった。
カイは雪を蹴って、北の森へと向かった。
森の奥から、巨大な心臓が打つ音が、勘を通じて聞こえてくる。
ドク、ドク、ドク——。
それは、まだ遠い。だが、確かにそこに「在る」。
(……行くぞ、山の主)
カイの息は白く、しかし、その目に怯えはなかった。
水呑百姓だった少年は、雪の道に、生まれて初めて自分の意志で「敵」を選び、足を踏み出した。
——
■ 第二話・終 現在のステータス
【対象:カイ】(17歳)
【職】:水呑百姓
【体力】:11 / 20
【武力】:20(剛力使用時:45)
【知力】:30
【魅力】:50
【統率力】:20
【SP】:0
【保有スキル】
野性の勘(Lv.1)/剛力(Lv.1)




