第六話 白衣の影
陽が傾いて、空の色がゆっくりと変わっていく。橙から紺へ、そして灰色へ。街の灯りが一つ、また一つと目立ち始める中、俺は一人で歩いていた。手には持ち手付きの大きめの箱。人の流れとは逆方向に進みながら、少しだけ重たい足を運ぶ。
向かう先は――白と緑の研究所だ。
「先輩、見張りお疲れ様です」
「おお、お疲れ」
栽培所の近くで見張りをしている先輩騎士に声をかけると、すぐに俺の手元に目がいった。
「備品の補充か。誰か怪我でもしたのか?」
「護送中の罪人が暴れまして。自分で頭打ちつけたりして怪我を」
「うわあ……」
顔をしかめる先輩。
「お前らに怪我がないならいいけどな。荷物も取り上げてるのにそこまで暴れるか」
「他の罪人に手は出してませんし、罪状が増えることはなさそうですけど」
「数年我慢すりゃ出られるだろうになあ。……脅したりしたか?」
「まさか。『おとなしくしろ』くらいは言いますけど」
「それは全員言うやつだな」
軽く笑い合ったところで、視界の奥に人影が見えた。
ゲージを抱えた二人組。ゆっくりこちらに近づいてくる。布のかかったゲージの中には、何かが横たわっていた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です。住宅街の近くに野生動物が出たって苦情がありまして」
「夜遅くに大変ですね」
先輩が記録を取りながら誘導しようとすると、二人は首を横に振った。
「いえ、自分たちは白の研究所の者です」
「おや? てっきり緑のほうかと」
「外作業のときは同じ作業着なんですよ」
慣れた様子で身分証を提示する。
問題なさそうだと判断して、俺は先に中へ入ることにした。
******
夜間受付で用件を伝えると、あっさり通された。
中はまだ明るい。医療棟、薬品棟、研究棟――どこも人が動いている気配がある。薬品棟から来た研究員に箱を渡すと、代わりに書類を渡された。備品の請求書だ。
名前と日付、使用理由を記入していく。ペンを走らせながら、ふと顔を上げると――研究棟に人影が見えた。
でも、前に見たゲージや作業着はない。
(さっきの連中か)
そう思って、特に気にせず書き終える。
確認とサインを済ませて、俺は外へ出た。
******
備品を持って、人気の少ない道を急ぐ。
門の近くまで来たとき――
視界の端に、光がちらついた。外だ。いくつもの灯りが、地面や木を照らしている。
(……誰だ?)
警戒しながら近づく。息を殺して、距離を詰めて――
「……そこで何をしている」
声をかけた。
振り向いたのは、三人の男。作業着にスコップやシャベル。足元には、何かを詰めた袋がいくつもある。
「しょ、植物の調査です……」
「我々は緑の研究所の者で……土と植物を採取していて……」
動揺はしているが、言っていることは筋が通っている。
身分証も確認する。問題はない。
……けど。
(ここって……)
思い出す。ここは、あの獣と戦った場所だ。
緑の研究所。例の噂。この場所。
嫌な繋がり方をする。
「これは何のための調査だ?」
少し強めに聞く。
「植物の生態系の変化を……」
「この場所を選んだ理由は?」
「それは……」
言葉が詰まる。さらに踏み込む。
「嘘じゃないのは分かる。でも、それが全部じゃないだろ」
視線が、一人に集まった。金髪を後ろで束ねた男。そいつが、静かに俺を見て――口を開いた。
「ええ。嘘は言っていません」
一拍置いて、続ける。
「ですが補足するなら……例の獣の情報を得るための調査です」
******
話は単純だった。
獣が現れてすぐ、緑の研究所は調査を申し出た。でも、危険を理由に却下された。
それでも――
「放っておけなかったんです」
青い瞳に力を込めて、男が言う。
「被害を受けた人もそうですが……何より、あの動物たちを」
声が少し強くなる。
「原因が分かれば、救えるかもしれない。だから――」
まっすぐすぎる言葉だった。
……でも。
「気持ちは分かります」
俺は正直に言う。
「でも、噂もある。あなたたちが何かしてるんじゃないかって」
沈黙。
「今は、無条件で信用はできません」
そう言うと――
「それで構いません」
あっさり返された。
「……え?」
「我々は、評価のために動いているわけではありません」
静かな声だった。
「優先すべきは、現象の解明。それだけです」
きっぱりと言い切る。
……迷いがない。正直、やりづらい。嘘をついてるようには見えないし、かといって証拠もない。考え込んでいると、男が少しだけ表情を緩めた。
「もし興味があるなら、研究所に来てください」
「……いいんですか?」
「ええ」
そして一枚の紙を差し出してくる。
「この名前を出してください」
受け取って、目を落とす。
そこには――
『エアフォル・ノイギー
緑の研究所 副院長』
と書かれていた。
緑の研究所との接触回でした。
噂と現実、疑いと信念。
どちらが正しいのか、まだ分からない状態です。
ノードがどう向き合っていくのか、見守っていただけたら嬉しいです。




