閑話:過去の傷
――大きな音がした。
次の瞬間、体が浮いて。
世界がひっくり返る。
誰かの叫び声。
どこかで誰かが呻いている。
でも、遠い。
はっきり聞こえるのは――
「……グロウ!」
父の声。
それと。
全身を包む、あの温もり。
******
黒い隊服の青年――ジャージダさんを見送って、俺は机に向き直った。
書類をまとめて、記録を書き込む。ペンを走らせながら、ふと手元を見る。
……やっぱり、目に入る。
右腕に残った傷跡。もう見慣れているはずなのに、時々こうして意識してしまう。この傷がなかったら、今の俺はいなかった。そう思うと、不思議な気分になる。白の研究所に入りたいと思ったのも、これがきっかけだ。
……やっと、ここまで来た。
まだ研修中だけど、それでも。こうして検査に関われているのが、嬉しくて仕方ない。
思わず、ペンを強く握ってしまう。
「どうした、グロウ」
「あ、すみません」
上司の声で我に返る。
「少しぼうっとしてました」
「無理はするなよ」
「はい。体は丈夫なので」
そう答えると、上司は軽く頷いた。
……事故のあとから、ずっとだ。
みんな、俺の体を気にしてくれる。前は本当に弱かったから。でも今は違う。母にも、随分しっかりしたって言われた。
書類をめくる。次の患者の記録。視力――再検査。思わず、眉をひそめた。
最近、多い。目や耳の不調。急に悪くなる人が増えている。研究所の中でも、話題になっていた。
……気になる。
でも、今は仕事だ。息をひとつ吐いて、気持ちを切り替える。顔を上げると、いつものように笑みを作った。
――次の人のために。
昔の俺が、そうしてもらったように。
背筋を伸ばして、検査に向かう。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
本編とは少し離れた視点のお話でしたが、同じ世界の中で起きている出来事です。
それぞれの違和感が、やがてどこかで繋がっていきます。
引き続き、お付き合いいただけたら嬉しいです。




