第十二話 強さの裏、残る後悔
「私は……あの時すでに、騎士を名乗る資格はなかった」
目の前で、グロウは顔を歪めた。
そこにないはずの隊章を掴もうとするように、胸元をかきむしる。見ていられなくて、俺はただ立ち尽くすことしかできなかった。
――その時、どこか遠くで杖が倒れる音がした。
教会の外、恩人の墓の前に立つ。
白くくすんだ墓石には、淡い紫の花が目立つようになっていた。昔はもっと、色とりどりだったのに。
その墓石を、皺だらけの手がゆっくりと撫でる。
モレースさんだった。
もう剣を握ることのない手。けれど、指には今でも剣だこが残っている。
その手が、花を供え終えたところで――
「……待っていたよ、ノード・ジャージダ君」
俺の方を見て、そう言った。
ごくり、と喉が鳴る。ここに呼んだのは俺だ。全部話して、協力を頼むために。
――でも。
(……断られたら?)
一瞬、不安がよぎる。けど、それでも。俺が信用できる人なんて、そう多くない。
「今日は……お話したいことがあります」
「ほう」
「例の獣の件についてです」
ぴくりと、モレースさんの眉が動いた。
息が浅くなる。一度、しっかり吐ききってから吸い込むと、わずかに花の香りがした。覚悟を決めて、口を開く。
「例の獣は……国の指示のもと、白の研究所で作られています」
「……!」
「そして、その実験には罪人が使われている。さらに――」
一度、言葉を区切る。
「罪人の提供に、騎士も関わっている。隊長格の人間が」
風が吹いた。
俺の声が、やけに大きく響いた気がした。
「騎士の強化にも……罪人の命が使われています」
沈黙。
怖いくらい、何も返ってこない。拳を握りしめて、俯く。
「……モレースさん。心当たりが、あるんじゃないですか」
やっと、声を絞り出す。
その時だった。
「……私は、騎士失格だ」
「……え?」
顔を上げる。
モレースさんは、どこか遠くを見ていた。焦点の合わない目。過去を見ているみたいだった。
「……ある日、隊長格の騎士に通達があった。“儀式”を行う、と」
「儀式……?」
「ああ」
苦しそうに、言葉を続ける。
「国に伝わるものだと聞いた。ただ眠っていれば終わる、願掛けのようなものだと……」
聞いたこともなかった、と小さく呟く。
「ちょうど、獣が出始めた頃だ」
胸の奥がざわつく。
「そして――儀式を受けた者は、明らかに強くなった」
そこで、俺を見る。
「ノード君。思ったことはないかい? 隊長が、不自然なほど強いと」
「っ……」
息を飲んだ。
――あった。
どうしてあんなに強くなれるのかって。
「罪人はただ移送されているだけだと……そう聞かされていた。だが……」
モレースさんの声が震える。
「実験に使われていたとは……しかも、それを……私は……」
顔を覆う。
しばらくして、ゆっくりと顔を上げた。
その表情は、ひどく歪んでいた。
「君に“考えることをやめるな”と言った私が、この有様だ」
「……」
「都合のいい力なんて、あるはずがないのに」
言葉が、重い。
「疑問には思ったさ。だが……強さを手に入れたことで、考えるのをやめた」
拳が震えている。
「これで国を守れる、民を守れる……そう思い込んだ」
カラン、と音がした。杖が地面に転がる。
「罪人だろうと、命を使っておいて……自分の都合で目を逸らしたんだ」
胸元を掴む。
そこにあるはずのない、騎士の証を。
「王の命令だと……国のためだと……言い訳をして、見て見ぬふりをした!」
声が響いた。
こんなモレースさん、見たことがない。
「それが……騎士のすることか……?」
その言葉は、誰に向けたものなのか。
「私は……誇れる騎士じゃない……すまない、ブワール……」
項垂れる姿を見て、俺は――決めた。
一歩、踏み出す。
「……モレースさん」
顔を上げてもらう。
「どうか、協力してください」
真っ直ぐに、目を見る。
「白の研究所を……この国のやり方を、止めたいんです」
沈黙。
けれど今度は、怖くなかった。
「……ああ」
ゆっくりと、顔が上がる。
そこには、さっきとは違う光があった。
「この老いぼれにできることなら、なんでもしよう」
小さく笑う。
「――あいつへの土産も、必要だからな」
強く、頷いた。
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