第十三話 一通の手紙
店の扉には「貸し切り」の札。
普段はそれなりに客の入るこの店も、今日は静まり返っていた。少しだけ緊張しながら、俺は入口へと目を向ける。
――来た。
扉が開き、金の髪を揺らしながらレークス様が入ってくる。
「レークス様!」
「ノード」
思わず立ち上がると、レークス様はいつもの調子で軽く手を上げた。
ほっと、胸の奥が緩む。二人で席につくと、レークス様は懐から一通の手紙を取り出した。
「こうして誘いを受けるのは初めてだな。しかも貸し切りとは」
「来てくれると思ってました」
自然と笑みがこぼれる。
レークス様はくつくつと笑いながら手紙を開いた。
「『一緒に昼飯行きましょう』だけで王族を呼び出すとはな。そんなやつ、俺くらいだぞ?」
「さすがレークス様」
「まったくな」
軽口を叩いたあと、ふっと空気が変わる。
レークス様がこちらをまっすぐ見た。
「……で、本題は?」
「……話が早いですね」
「だろうな」
机に肘をつき、髪をかき上げる仕草。俺は水を一口飲んで、姿勢を正した。
――ここからだ。
「レークス様」
「おう」
「王を廃位させるには、どうしたらいいですか」
「……は?」
一瞬、時間が止まった気がした。
レークス様の視線が鋭くなる。けど俺は目を逸らさない。冗談でも、軽口でもない。それを理解したのか、レークス様はゆっくりと姿勢を戻した。
「……一旦、経緯を聞こうか」
「ありがとうございます」
殴られても仕方ないと思っていた。
だから、その言葉だけで――少し救われた気がした。一度、口を結ぶ。それから、話し始める。
「──すべての始まりは、とある事故でした」
暴走した馬車。横転。
父親は、息子をかばったまま死亡。
息子は奇跡的に生き残った。
本来なら助からないはずの怪我。
それでも、その子は回復した。
――ありえない速度で。
「……それが、人から人への生命力の譲渡」
「ええ」
白の研究所はそこに目をつけた。
仮死状態という特殊な状況で、生命力が移ったのではないかと。
そして。
動物で実験を始めた。
「実験は成功しました。移された個体は、異常なほど強くなった」
「それを騎士に応用した、と」
「王の指示です」
罪人の命を使った実験。
繰り返される検証。
だが――欠点もあった。
「元の生命力以上に力を使うと、体がもたないそうです」
「……なるほどな」
「いわば、力の前借りです」
レークス様の目が細くなる。
「視力や聴力が落ちるのは……その反動か」
「はい」
そして王の命令。
獣を野に放ち、実験を重ねること。
騎士の強化を続けること。
全部、繋がっている。
「……これが、白と緑の研究所、そして引退した騎士から得た情報です」
書類を差し出す。
「一部ですが、証拠もあります」
「……そうか」
レークス様はそれを受け取り、目を落とす。
その間に、俺は――
言うべきことを、言う。
「俺は、これを止めたい」
声が震えないように、必死で抑える。
「でも、俺一人じゃ無理です」
拳を握る。
「レークス様、どうか……お力を貸してください」
沈黙。
それでも、言葉を重ねる。
「お願いします!」
立ち上がって、頭を下げる。
逃げる気はない。どんな返事でも受け止める覚悟で――待つ。
「……頭を上げろ」
低い声。
ゆっくり顔を上げると、レークス様は難しい顔をしていた。
指で机を、とん、とん、と叩く。
「……まずは証拠だ。可能な限り集めろ」
「……!」
息を呑む。
それは――断られたわけじゃない。
「それから――」
「……いいんですか」
「手段を選んでる場合か?」
「……はい」
頷く。
「やります」
「よし」
レークス様がにやりと笑った。
「腹くくれよ」
「はい」
視線がぶつかる。
一歩間違えれば終わりだ。それでも、やる。そう決めた。
話を詰めながら、ふと疑問が浮かぶ。
「……どうして、俺を信じてくれたんですか?」
「ん?」
「とんでもない話ですよ」
「ああ、そうだな」
レークス様は、軽く笑った。
そして。
「王族が、愛する民の話を捨ててどうする」
その言葉は、あまりにも真っ直ぐで。
胸の奥に、強く響いた。
――この人は。
本物だ。
気づけば、少しだけ視界が滲んでいた。
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