第七話 彼の人を想う
少し冷たい風が、枯れかけた草を揺らしていく。でも空は高くて、陽はしっかり出ていて――そのおかげで、思ったより寒くはない。ちょうどいい温度だな、なんて思いながら、俺は草の上に寝転んでいた。背中に当たる草は少し硬い。
目を閉じると、風が身体をなぞるみたいに流れていくのが分かる。しばらくそうしてから、ゆっくり目を開けた。空には雲がいくつか浮かんでいて、それがゆっくり流れている。なんとなくぼんやり眺めてから、上体を起こした。
頭を軽く振ると、髪に引っかかっていた葉がぱらっと落ちる。立ち上がって服を払ってから、周りを見渡す。少し先に、獅子の紋章が刻まれた門が見えた。
……そろそろ戻るか。
門へ向かって歩き出す。門番と軽く目が合ったが、そのまま何も言わずに街の中へ入った。街は相変わらず賑やかだ。寒さなんて関係ないって顔で、人が行き交っている。湯気の立つ軽食の屋台には行列ができていて、装飾品の店の前では女性たちが楽しそうに足を止めている。流行りの服を手に取って、そのまま財布を開く姿も珍しくない。
そんな中を抜けながら、俺は奥へと進んでいく。観光向けの店が減って、代わりに地元の店が増えてくる。見慣れた並びに少しだけ安心しながら、目当ての店に入った。籠を手に取り、食料品や雑貨を適当に見て回る。……これでいいか、と思ったところで、ふと目に入ったものがあった。少しだけ迷って、それも籠に入れる。
会計を済ませて店を出たあと、俺は寮には戻らず、そのまま門の外へ向かった。袋を小脇に抱えて、人気の少ない道を歩いていく。目の前に見えてきたのは、見慣れた教会だった。門番が少し意外そうな顔をしたが、すぐに微笑んで中へ通してくれる。そのまま奥へ進み、墓の前へ。ちょうど花の手入れをしている修道女がいた。
「こんにちは、ビオラさん」
声をかけると、彼女は顔を上げて微笑む。
「ジャージダさん、こんにちは」
視線が俺の手元に向いた。
「綺麗な花ですね」
「ああ、はい……」
少し照れながら答える。俺の手には、赤い花。炎みたいに波打つ花びらで、やけに目を引くやつだ。
「……なんとなく、あの人みたいだと思って」
そう言うと、ビオラさんも静かに花を見る。でも、すぐに俺は別のところに目がいった。すでに供えられている花。
「……花、詳しくなくて。これ、供えてよかったのか迷ってたんですけど」
「そんなことありませんよ」
やわらかく、でもはっきりと言われる。
「大切なのは、彼の人を想う心です」
それから、俺の持っている花に視線を向けて続けた。
「この花の花言葉は、『栄光』と『勇敢』です」
「……へえ」
思わず聞き返す。
「彼にふさわしいと思いませんか?」
そう言われて、少しだけ胸の奥が温かくなった気がした。
花を墓に供えて、改めて周りを見る。新しい花の中に、淡い紫の花が混ざっていた。よく見ると、枯れかけた花の中にも同じものがある。
「……この花の意味って、分かりますか?」
なんとなく気になって聞いてみる。
ビオラさんはその花を見て、少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「『君を忘れない』――です」
「……そう、ですか」
綺麗な言葉だと思った。
でも、どこか引っかかるような感じもした。
しばらくその場に立ってから、俺は教会を後にした。
***
――ノードが去ったあと。
私は再び花の手入れに戻る。
枯れた花をそっと手に取りながら、ふと思い出す。
何度もここに花を供えに来ていた人のことを。
杖をつきながら、それでも欠かさず訪れていたあの人。
新しく供えられた赤い花に目を向ける。
『栄光』『勇敢』
どちらも間違いではない。
彼に伝えた言葉も、嘘ではない。
だから――口には出さなかった。
この花が、
猛毒を持つ植物でもある、なんてことは。
墓参りの回でした。
花や言葉に込められた想いを通して、それぞれの立場が少しずつ見えてくる回です。
続きも楽しんでいただけたら嬉しいです。




