予期せぬ再会
ルナの過去を知る人物がようやく現れます。
薄暗い帳の奥から響く足音は、酷く静かで、それでいて寸分の狂いもない一定の足音が響いていた。
ルナは痛む右腕を庇いながら、左手で魔導短剣を逆手に構え直す。傷口から滴る血が床の石畳に小さな斑点を作っていく。ホークアイが肩の上で羽を逆立て、鋭い警戒の視線を闇の向こうへと注いだ。ここへ至るまでの守護者たちの狂乱を思えば、奥から現れるのは、さらなる異形か、あるいはこの遺跡を汚す者を排斥する新たな罠であるはずだった。
だが、帳を押し分けて姿を現したその人物の輪郭が、魔導灯の柔らかな光に照らされた瞬間。
ルナの思考は、文字通り固まった。
「……お怪我をされているようですね、お嬢様」
聞き紛うはずのない、低く、穏やかで、どこか焦燥を含んだ声。
そこに立っていたのは、仕立ての良い、しかし随所が擦り切れ所々ほつれが見える黒い燕尾服に身を包んだ、一人の老紳士だった。背筋は定規を当てたように美しく伸び、白髪は几帳面に後ろへと撫で付けられている。その手には、主の傷を拭うためのものか、真っ白なリネンが握られていた。
「ア……ル、バート……?」
ルナの唇から、十年間、一度たりとも呼ぶことのなかった名前が、掠れた声となって溢れ出た。
アルバート。かつてヴァレンタイン家に仕え、幼いルナに本の読み方を教え、時には父の目を盗んで特製の焼き菓子を焼いてくれた、一族の老執事。あの日十年前の紅蓮の夜、燃え盛る屋敷の中で、ルナを禁忌の移動魔術へと押し込み、「どうか、お生き延びを」と微笑みながら炎の中に消えていったはずの、血の繋がらぬ家族。
「なぜ……あなたが、ここに……? あたしは、あなたの最期を……」
短剣を握るルナの左手が、激しく震え始める。戦いの最中でさえ決して乱れなかった彼女の心が、ドミノ倒しのように崩れていく。眼前にいる男からは、死者が纏う不浄な気配など微塵も感じられない。ただただ、かつてと変わらぬ温かなマナの残滓と、見慣れた、どこか哀しげな眼差しだけがそこにあった。
アルバートは、驚愕に目を見開くルナの前で、ゆっくりと、十年前と全く変わらぬ優雅な一礼を捧げた。その動作の隙から、燕尾服の袖口に隠された、かつての惨劇で負ったであろう痛々しい火傷の痕が、ルナの紫色の瞳に焼き付く。
「生きておいでだったのですね。セレナお嬢様」
彼が口にしたのは、「ルナ・ミストウォーカー」というアサシンの名ではない。夜明けを拒む前の、光の中にいた時の本当の名前。
その響きが、洞窟内の生活感に満ちた静寂に、あまりにも深く、重く響き渡った。
混乱するルナ、笑みを浮かべるアルバートを見つめながらホークアイはアルバートに対し警戒を強めていた。
まるでアルバートがルナを害そうとする瞬間を見逃すまいというような眼差しだった。
ホークアイが警戒していますが、アルバートは味方なのか敵なのか。どちらなんでしょうね?




