あなたからの愛は、いりません。
皇帝一家について。苦手な方はご注意を!
それはゆるやかに、だが、確実に始まった。
「まあ、素敵なネックレスね!」
本日は、皇女の生誕を祝う宴──ラス辺境伯が、独立宣言をしてから一年経っている。皇女・エリザベスはまだ嫁いでおらず、それ故、高位貴族(伯爵以上)だけではなく下位貴族(子爵と男爵)も参加している。
友人に褒められた子爵夫人は変わった、しかし確かに美しい、月のしずくのような白い石を連ねたネックレスをつけていた。
「ありがとう。馴染みの商人が、手に入れてくれたの」
「そうなの。初めて見る石ね」
「貝から取れる宝石で、和珠と言うのですって」
「……本当に、素敵ね」
「「皇女殿下!」」
年下だが、帝国で皇妃の次に身分の高い女性の登場に、二人は慌てて頭を下げた。そんな二人に微笑みながら、皇女──エリザベスは、ネックレスの持ち主である子爵夫人に話しかけた。
「その商人を、紹介して貰えないかしら? 私も、そのネックレスと……あら、イヤリングも? 同じものが欲しいわ」
※
当然、子爵夫人は断れず数日後、件の商人が皇宮へとやってきた。だが、彼は思いがけないことを言ってきた。
「申し訳ございません。あの宝石は、売り物ではないのです」
「えっ?」
「海の向こうの商人から、入手したのですが……ごく少数のため、恩人である子爵夫人とそのお嬢様に献上したのです」
商人の言葉にエリザベスはつ、と眉を寄せた。それでは、エリザベスが手に入れられないではないか。まさか、臣下の妻や娘から奪う訳にもいかない。
「そう……では、もしまた入手することがあったら教えてちょうだい」
「かしこまりました」
エリザベスからの申し出に、商人は頭を下げたが──その後、商人からの音沙汰はなく、更に帝都から店を撤収した為、連絡が取れなくなってしまった。
※
アンドレアがその子爵令嬢に目をつけたのは、その後、年が明けて成人した令嬢が参加する皇宮でのお披露目会だった。
成人を示す白いドレスと、その耳を彩る和珠の髪と目の色こそ違うが、彼女はどこか初恋の女性であるミラや娘で異母妹のクララベルに似ていたのである。
(子爵令嬢か……いや、気に入ればどこか高位貴族の養女にすればいい。そうすれば、皇太子妃にも出来る)
そう思ったアンドレアは、一曲目こそ頼まれていた侯爵令嬢と踊ったが、二曲目はその子爵令嬢を誘った。恐縮する様子がいじらしく、その次も踊ろうとしたが──緊張のあまり、体調を崩してしまったので早々に退出した。
残念に思ったが、体調不良なら仕方がない。何せ成人したので、これからは社交が出来る。まずは体調が良くなった頃に観劇にでも誘おうか、と思っていたアンドレアだったが。
「恐れ入りますが、殿下……カーズ子爵家はチェスター伯爵子息と共に、ラス公国へ亡命いたしました」
「……は?」
カーズ子爵家の様子を探らせていた側近から、思いがけないことを言われてアンドレアは思わず間の抜けた声を上げた。
「婚約こそしていませんでしたが、隣の領のチェスター伯爵子息と恋仲だったとか。しかしお披露目会は基本、父親がエスコートするので今回は同席せず。殿下からお声がかかれば、断れないからと……思いつめた愛娘の為、カーズ子爵家は娘の恋人と共に」
「聞いてないのに、そこまで詳しく言うな!」
「失礼いたしました」
言葉だけの謝罪に、そう言えば彼は一曲目に踊った侯爵令嬢の兄だった──と、アンドレアは今更ながらに気づいた。
その後、今回のことが『思い合う恋人達を、皇太子が引き裂こうとした』と囁かれるようになり、アンドレアは令嬢達から距離を置かれることになる。
結局、彼は側近の妹と婚約することになったが──どこか母を思わせる、いや、母よりもきつい印象の彼女から淡々と言われてしまう。
「既婚以外の高位貴族の女性で、あなたと付き合いたい者はおりませんよ。お父上のように平民や、下位貴族を狙いますか?」
「そっ……」
「観念して、私と結婚してください。あ、ちなみにあなたへの初恋はダンスの後に破れました。あなたからの愛は、いりません。家の為に義務は果たしますから、あなたも私からの愛を求めないでください」
その言葉を聞いて、アンドレアは初めて踊った時の笑みが、彼女から消え失せていたことに気づいた。
そして『だからこそ』母のきつい表情と重なり──しかし母と違い、アンドレアへの恋情がないのでよりきつく感じるのだと痛感した。
※
……水面下では動きがあったが、カーズ子爵家の騒動を皮切りにラス公国に近い領地の貴族や商人達が亡命したり、何と独立して新たな国を興す公爵家も出てきた。
彼らはラス公国や、ラス公国と交流がある海の向こうの国とやり取りするようになる。
一方、その動きにより帝国の領地は少しずつ減り、更に他国とのやりとりによる活気もなく、少しずつだが確実に衰退していった。それは皇族の生活にも見受けられ、日を追うごとに侘しくなる生活に皇妃は亡くなるまで苛立ち、癇癪を起こす妻に皇帝は退位後も辟易したと言う。
「嫁ぐまで、あなたは大勢の男性に愛されましたが……もう、私以外は必要ないでしょう?」
尚、エリザベスが降嫁したのは周りが距離を置き出した中、昔から熱烈に求婚してきた従兄であり、現公爵家当主だったが──結婚後、後継ぎこそ残したがエリザベスが社交に姿を見せることはなくなった。




