あの、二人とも落ち着いて?
辺境伯領に来た時、クララベルは淑女教育を受けた。
受けたが、それはどちらかと言うと『辺境伯夫人』になる為の教育だった。礼儀作法や領地については学んだが『あること』がすっぽ抜けていたのだ。
「申し訳ございません、お義姉様」
「グローリアは悪くないわ! 私が、もっと早く気づいていれば」
「ソレ、そんなに大事なのか? 妖精は、いるだけで良いだろう?」
「……なるほど。確かに、挨拶してお義姉様が微笑みさえすればそれで」
「あの、二人とも落ち着いて?」
シグネの言葉にグローリアが頷きかけるのを、クララベルは慌てて止めた。確かに、客観的に見ればクララベルは可愛い。可愛いが、だからと言って顔面力で全てが解決出来る訳ではない。
(そう、グローリアとのお茶会はあったの。でも、皇宮での宴は最初から逃げる気だったから、本来の宴でやることについては頭からすっぽ抜けてたのよ)
皇宮でも宴はあった。しかし、クララベルは使用人だったので当日の会場については知らなかった。おかげで、前世の小説では読んでこそいたが、情けないことにつながらず思い出しすらしなかったのであ
る。
大公となって半年。この間に商人経由で海の向こうの国からや、帝国の一部の貴族から親睦を深めたいと申し出があった。それ故、秋に友好を深める為の宴を開くことになった。そして招待状を送り、日帰りは出来ないので招待客の宿泊準備を整え、あと一週間となったところである問題が発生した。
……改まった宴では、挨拶の後に主催者夫妻、あるいは主催者とそのパートナーが一曲踊り、その後に招かれた面々が踊り出してパーティーが始まる。
だが、クララベルはその『踊る』が全く手つかずだったのだ。
「そうだぞ。騒いでる暇があったら、練習しないと」
「ウィラード……」
台詞だけなら頼もしかったが、クララベルの視線の先にいたウィラードの表情も緊張で曇っていた。そう、彼は流石に踊りの知識こそはあったが、ずっと戦場にいたので公式の場で披露するのはやはり初めてらしい。しかも皆と一緒にではなく、招待客の見守る中で踊るのである。
「そうですね。幸い、宴や礼服の準備自体は出来ていますし……この一週間は可能な限り、踊りの練習に努めましょう!」
「ああ」
拳を握り気合を入れるクララベルを、ウィラードが微笑ましく見守りながら頷いて──さて、練習となったのだが、ここで思わぬ問題が起きた。
幸い、ゆったりとした曲に合わせてのダンスだったので、ステップは初心者のクララベルでも何とか一日で覚えられた。
しかし、いざウィラードと二人で踊ってみると──ステップは合っているし足を踏むなどもないのだが、どうもダンスという雰囲気にならないのだ。それはウィラードの無表情と、彼のテキパキとした動きのせいである。
「お兄様……体操じゃないのよ?」
「剣技でもないな」
「……すまん」
嫁ぎこそしたが、ダンスの指導ということで来ているグローリアと、練習を眺めているシグネからの指摘に、ウィラードが申し訳なさそうに謝る。そんなやりとりの中で、ふとクララベルは気づいた。
(うまく出来なくて、逆に緊張……いえ、委縮してるんじゃないかしら?)
昨日、二人で踊る練習を始めたが、今日の夕方になっても改善されない。いや、気のせいじゃなければ段々ひどくなっている気さえする。
(とは言え、ステップ自体はウィラードの方が上手だし……初心者の私に、出来ることって)
そこまで考えて、クララベルは前世で家族が観ていた、芸能人が社交ダンスの大会に出る番組のことを思い出した。そして、グローリアとシグネがクララベルの可愛さを褒め称えていたことを。
「……あの」
だからクララベルは、あることを提案した。
そして、試しにやってみると──集中するあまり疲労はすごいが、何とか改善と言うか取り繕うことが出来たのでホッとした。
※
そして、秋の宴当日。
海の向こうから来た商人や文官達。それからこっそりやってきた帝国貴族や同じく商人達の前で、この日の為に用意した礼装姿のウィラードとクララベルがファーストダンスを踊った。
(笑顔! 笑顔でジャッジアピールよ、私!)
勿論、ステップを間違えないことは大前提だが、それ以外は意識して笑顔を振りまくことを意識した。それ故、足元は見ずにむしろウィラードのリードに任せて、笑顔に全集中する。初心者であるクララベルをリードするウィラードには申し訳ないが、こうするとクララベルに目が向いてウィラードのキビキビダンスが目立たなくなるのである。
……こうして無事、曲が終わり。
双方、頭を下げたところで、クララベルは一気に汗が噴き出るのが解った。
「お疲れ様……助かった」
「こちらこそ」
そんなクララベルの手を引いて、ウィラードが微笑みながら言う。それに何とか答え、クララベル達は玉座へと戻った。
何とかやり切った二人に、近衛騎士の格好をしたシグネが冷たい飲み物を持ってきてくれて──緊張で喉が渇いていたのでクララベルはありがたく、むしろ一気に飲み干さないように気をつけていただくのだった。




